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中野通信

不器用な文章でもいいかなー?いいともー!!

喫茶店にいる時に生まれるやる気が、家に帰ると無くなる不思議。

全国の中野通信ファンの皆様、こんばんは。中野寛人です。今日は昼の11時まで寝ていました。久しぶりに遅く起きたら逆に新鮮な気持ちになりました。だから後悔はあまりしていません。では、一日の終わりにブログ更新です。

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 喫茶店にいる時に生まれるやる気が、家に帰ると無くなる不思議。

私がこよなく愛する北上市にあるモスバーガー。そこに行ってアイスコーヒーを頼み、ノートとペンを出します。そして、これからやりたいことなどを記したりするんですよね。といっても、最近の専らの課題は、自分の部屋を快適にするというただ一点のみ。そして、あれを捨てようとか、あれを売ろうとか、あれを整理しようとか書き出すのです。よし家に帰ったらやろう。そして気持ち良い気分になって、家路に着きます。しかし、いざ自分の部屋を目の前にすると、何も行動に起こさない。現実を目の前に、目を逸らしてしまう自分がいるのです。そんなことを最近、繰り返しているなぁと思って、進歩のない自分を嘆いています。

今、自分の部屋にいて。

そして、このブログを書いている今、自室のパソコンで書いているのです。確かに、そんなに悪い部屋じゃない。もっと酷い時もあった。しかし、もっと上を目指せば、もっと気に入る部屋になるんじゃないかという思いがある。そのために、何が出来るだろう。自分の部屋のもの全てに愛着を持っていますか?何の服が何着あるか?CDが何枚あるか把握していますか?そういう所だと思います。まだまだ全ての物に愛着を持てていない。こんな言葉があります。「自分が管理できる量よりも、多すぎるという過剰がもたらす不健康、不健全、不自然が私を覆っています。」この言葉を知り、僕は、過剰にものを持っていると思いました。なのに、減らせない。それが人間の性なのでしょうか。潔くなりたいものです。では、また。シーユーアゲイン!

初めて仕事で出会った人の結婚式に出た

こんばんは。中野寛人です。今日は、私の勤めている学童保育所のK先生の結婚式に参加させてもらいました。とても良い式でした。

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様々な結婚式に出てきましたが、今思えば、学生時代の友人や親類の結婚式でした。社会人生活も板についてきましたが、仕事で出会った人の結婚式には行ったことがなかったのです。でも、初めてお呼ばれされたことがとても嬉しかった。そんな日でした。

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K先生の仕事以外の顔を知れて、とても良かったです。職場の方と、職場以外で集合するというのもなんだか良かったです。良い日でした。おめでとうございます!

 

北上で歌う意味。

こんにちは。無事、第10回北上・西和賀にぎわいフェアで歌って来ました。去年に続き、2年連続で歌わせてもらいました。

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 歌った歌は、冬、プロペラ、たこ焼きの唄、展勝地。

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北上で歌う意味がある。人生の中で一番長い時間を過ごしている街、北上。そこで土地の名前が出てくる歌を歌うこと。それは嬉しい。家族や親戚の方々が多く住む街、北上。そこで歌うことによって見に来てもらえること。それは有難い。

 

今回は、数日前にチラシが配られ、それに中野寛人の名前が載っていて気づいてくれた方もいました。嬉しかったなぁ。とても好きなイベントです。音響さんやスタッフの方にも優しくされ、頑張れました。ありがとうございました!改めて、歌を続けていて良かったなと思える1日でした。これからも歌うぞー!

それは、ひろと先生と遊びたいってことじゃない?

こんばんは。中野寛人です。今日も学童保育所で働いてきました。ちょっと整理します。では、ブログ更新です。

それは、ひろと先生と遊びたいってことじゃない?

学童保育所でありがちな場面として、少し関係値が出来た子どもの中で僕を蹴ってきたり殴ってきたりすることだ。そのことをとT先生に相談したら「それは、ひろと先生と遊びたいってことじゃない?」と言われた。そうだったのか。可愛い女の子がしてきた場合、「可愛い〇〇ちゃんが、蹴るなんて似合わないよ。遊んであげるよ!」と言えばいいんじゃないかと諭された。なるほど。俺と遊びたかったのか。でも、何をすればいいんだろう。

どんな遊びが相手は喜ぶんだろう?

自分に何か話しかけてきたり、叩いてきたり、甘えてきたりしてきた時は、全てが何かしらの合図だ。どんな返しをすれば、相手は喜ぶのだろうか。どんな言葉が、どんなふ触れ合いが、相手の琴線に触れるのだろう。僕は、遊びが不得意なのかもしれない。誰かと関係を持つ時、相手とどんな時間を共有すれば、お互いにとって良い時間だと思えるのだろう。それが、遊びなのか、語り合いなのか、ゲームなのか、じゃれ合いなのか、いやそれ以前にもっと根っこの部分で気持ちを分かち合うそんな関わり方が僕には出来るだろうか。

全てはメッセージだ(終わりに)

目の前に人が現れた時にする挨拶も。買い物して店員さんにお金を支払う時も。逆に、自分の物を相手に買ってもらう時も。メールも。LINEも。ブログも。SNSも。電話も。手紙も。褒められている時も、怒られている時も。ご飯を一緒に食べている時も。全て、相手が存在する出来事において、相手と良い関係を築くためには、何が出来るだろう。関わる時に、何かしら発せられるメッセージを逃さないようにしたい。学童保育所では、一回仕事に行けば、小さな会話から始まり、様々な「与える、受け取る」行為が起きる。その時々で、僕は何が出来るだろう。どんな表現の仕方で、向き合う人と関われるだろう。もうちょっと模索して行きたい。おわり。

なんで学童保育所で働いているのだろう。

こんばんは。中野寛人です。少しずつ寒さが和らいできたような。外にいることを耐えれるようになってきました。学童保育所に勤めてどれくらい経つだろう。一年と4か月ほどだろうか。今日は、職場のT先生とお話することが出来て、色々自分の仕事観を考えさせられた。振り返りも兼ねて、整理したいと思います。では、ブログ更新です。

なんで学童保育所で働いているのだろう。

今までの人生で多く分けて働いた職種は、四つ。飲食店で作ったり、接客したり。介護施設で、介護したり。家電量販店でスーツ着て、販売・営業したり。そして、学童保育所で子ども達と関わることだ。世の中には、まだまだ色んな仕事がある。それなのに、なぜ僕はこの四つを選んだのか。そして、なぜそれを経て、今、学童保育所で働いているのか。考えれば考えるほど謎だ。

子どもと触れ合うということに価値を感じているのだろうか。

接客をして、あまりコミュニケーションをせずに人と関わることは、性に合わなかったのか。高齢者や体が不自由な方と触れ合うのも途中で投げ出してしまった。自分の買ってもらいたい商品を訴求することに限界を感じたのか。今まで色々悩みが絶えなかった。そんな時、子どもと関わるプライベートの時間に、少し希望を感じた。その体験を経てから、子どもと関わる仕事に興味を持ったのは確かだった。

なぜ1年4か月も続けられたのか。

仕事は楽しいことだけじゃない。時に、職場に行きたくない時もある。しかし、同じ場所に1年以上通えたことが自信になったのも事実だ。子ども達とコミュニケーションに悩むこともある。容赦ない言葉で傷つくこともある。でも、それでも何とかやってこれたのは、心が幸せになる細やかなコミュニケーションができる瞬間もあるからだ。職場に行かなければ、得られない感情がある。それがあったからこそ、ここまで続けられたのだろう。

終わりに。

なんで学童保育所で働いているのだろうか。きっかけは、ハローワークで求人があって、申し込んだら、採用してもらえたからだ。この1年4か月で、家に引きこもっているだけじゃ手に入れられなかった体験をたくさんした。心が動いた。無感動で、心があまり動かなかった自分が、少しずつ、若かりし頃のように、感情表現豊かな自分が戻りつつある予感がする。まるで、リハビリをしているような学童保育所ライフだった。統合失調症になって、5年。傷を負った心が少しずつ回復して、さらに病前よりも逞しい自分を描けるイメージも出来つつある。世界や、社会に立ち向かっていき、自分の道を切り開いていくには、今何をすべきだろう。子ども達との関わりがそれを後押ししてくれるのも確かだ。30歳。岩手県北上市在住で出来ることは何か。模索して行きたい。おわり。

旅をしている人を見ているのが好きだ。

3日間の旅が終わり、岩手県北上市に戻ってきた。旅の最中に唇が渇くという現象はお決まりで、いつも乾く。旅の終わった今も若干乾いている。原因は、ストレスだと言われたことがある。土日月と3日間、岩手を離れ東京近辺に行った。楽しかったです。では、ブログ更新です。

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旅をしている人を見ているのが好きだ。

キャリーケースを転がして駅を歩いている人を見ると嬉しくなる。あー、これからどこかへ旅に行くのだろうか、帰ってきたところなのだろうか。自分が旅に人一倍憧れを持っているので、そんなことをしている姿を見ると、無性に嬉しくなる。誰かの旅の話を聞くのも好きだ。なんだか冒険というか、進んでいく様を見聞きすると、こっちまでワクワクするのだ。今回、自分でも旅をした。自分が旅をするのはもちろん好きだ。しかし、最初にも述べたようにストレスで唇が渇いたりする。きっと慣れない場所や、不規則になる食事の影響かな、とか。旅中は、野菜を食べなくなるとか。色んな要素が重なり、体調に現れる。もっと旅を得意になりたい。そして、色々な街を訪れて、色んな気持ちを味わいたい。

終わりに。

今回、大井町のホテルに二泊した。JRのびゅうプラザで、予約したホテルで、駅員さんに選んでもらったんだけど、すごく良いホテルだった。綺麗だし、大浴場もあって楽しめた。宿に戻るとホッとしている自分がいた。また、北上での暮らしをリスタートさせよう。がんばっぺし。

 

マスクのメリットがわかった。

こんばんは。今日は、かなり良い気分で仕事ができた。なぜ良い気分だったのか、整理したいんだけど、できるだろうか。また、最近思っていることも書いてきたい。では、ブログ更新です。

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マスクのメリットがわかった。

最近になるまで僕はマスクをなかなか着けない人だった。風邪を引いたならまだしも、マスクを着けていると、鬱陶しくて、重たくて、煩わしくて、なぜ、つけるのかよくわかっていなかった。しかし、最近メリットがわかってきた。まず、寒い時に暖かい。冬空の下、外を歩いている時、マスクのおかげで少し寒さを和らげるのだ。これを理解した。そして、一番のポイントは、表情を隠せるという安心感だ。相手によっては、ぎこちない表情や、作り笑いや、愛想笑いなど、あまり良くない表情をしてしまう時、相手に不快感を与えてしまうことがあるのが悩みだった。しかし、マスクをすれば、口が全て隠れ、表情を悟られないというメリットがあることがよくわかった。このおかげで、人に近づくのが少し楽になったとさえ思える。これに、最近気づいた。

子ども達の前で、ギターを弾くのは、試練だ。

また、今日久しぶりに、職場でギターを演奏した。相変わらずの前傾姿勢での食いつきに、戸惑っている。小学1、2、3年生。というか落ち着きのない子の前では、ギターを弾く弦が止められ、チューニングをずらされ、まともに弾けるもんじゃない。変な歌を歌いだすのもよくあることだ。もちろん、静かに聴いてくれる子もいるが、今日は、落ち着かない子目線で話そうと思う。興味を持ってくれるのは嬉しいが、なかなか扱いに困る。一種の興奮状態になってしまい、まともに歌を聴かせる状態にならない。なら、一緒に歌える曲をすればいいじゃないかとか、子ども達が喜ぶ歌をすればいいとなるが、自分の力量不足で、有名な曲をあまり弾けないし、レパートリーも少ない。そんなわけで、ギターを弾いていいよと言われてはいるが、なかなかその時間を過ごすと、反省や挫折感を味わい、自分はまだまだだ。修行しなそう。俺のやりたいことって何なんだっけ。と遠い目になる。

終わりに。

しかしだ。こんな日々が悪くないと思っている。たくさんの子供たちが、日々、少しずつ変わっていく様子を眺めることが出来る。少しずつ関係値が上がっていき、会話や遊びを通して、触れ合える。そんな少しずつ何かに気づけたり、面白いと思える気持ちになる瞬間が楽しい。時に、もうだめだ、やってられんと思う時もあるけれど、そういう時は潔く休み、現実逃避し、落ち着いたらまた現実を見よう。苦しみや痛みを通して気づくこともある。傷つくことでダメージは食らうが、なにくそと立ち上がり、チャレンジしていきたい。自分は、新しい何かを見つけられた時、嬉しい気分になりやすい。そのためには、チャレンジするのが良いと思った。明日も、ほどほどに頑張るぞ!!

30歳決意表明。

2017年2月8日水曜日、ついに私は30歳になりました。30歳になった今日は、体調が悪く職場を早退するという絶好(?)のスタートを切りました。昨日、寒い中、一日中外を歩きすぎて疲れたのかなぁと思いました。夕飯を食べ、ケーキを食べ、家の中で大人しくしていたら少し良くなってきました。やはり無理はいけませんね。では、ブログ更新です。

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なんだか良い自分を演じすぎたな。

ふと、ここ数か月のことを振り返る。ダイエットして大分痩せた。発声練習とラジオ体操をした。朝早く起きれるようになった。掃除と整理整頓に目覚め、自分の部屋をキレイにした。ライブも少しずつ増えて、CDも買ってもらえた。この一連の流れで、どうも出来すぎていたなと思った。上手く行きすぎている。良い方向に進んでいる。しかし、それによる歪みも出始めていた。ちゃんとしなきゃいけない。立派にならなくてはいけない。健康に暮らさねばならない。悪いことをしてはいけない。そんな方向性に進みつつあって、どうも肩を凝る。ユーモアが足りない。くだらない閃きが足りない。なんだか正しいとか、素晴らしいとか、良いとか、そんな自分になろうなろうとして、返って行き詰っているように思う。そうなのだ。

焦らず行こう。

そんなことを考えた今、ふと思い出すのは、統合失調症になった当初、家で静養していた時に、よくしてくれる方から「焦らないで」と何度も何度も何度も言われたことだった。そして、その暗示により、僕はあまり焦らなくなった。今、少し僕は焦っているように思う。素晴らしい2016年が終わり、2017年をどう過ごそうか、まだ決めかねているのだ。前年より良いものにしたいなどと欲が出ている。それがいけない。そうだ、焦らず行こう。

終わりに。(30歳決意表明)

そして、30歳の誕生日を迎えた。30歳とはとても区切りが良くて気に入っている。友人の中には、誕生日を迎えるのが(年を取るのが)嫌だという人もいるが、僕は、逆だ。喜んでいる。決意表明も何も、なんて言ったらいいかわからないけど、今までがなんとかなってきたように、これからもなんとかなると思っている。しいて言えば、もっと元気になりたい。どうも元気が足りない気がする。落ち着いたと言えば、落ち着いたとも言える。でも、自分の歌が相手を喜ばすことに生きがいを覚えるように。自分の仕事が誰かのためになるといいなと思うように。自分の存在をどう活かしたいのか、考えて行動していきたい。では、みなさま、これからもよろしくお願いします。

1日10000歩、歩こう!

こんばんは。中野寛人です。日曜の夜を過ごしています。父親が、ふきのとうを山で採ってきて、天ぷらやお浸しにして、食べました。春を感じました。写真は、お決まりの千賀石温泉にて、風呂上がりに、フルーツ牛乳を飲み、多好感を味わいました。それでは、ブログ更新です。

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1日10000歩、歩こう!

最近、読んだ健康の本に「1日10,000歩、歩く人にメタボの人はいない。」と書いておりました。僕は、それを見て目から鱗が出て、よし歩くぞ!と思いました。iPhoneには、歩数計が付いていてチェックするのですが、歩かない日は、1日2000歩とかなんですよね。温泉で身体を洗いながら、自分の身体を見ると、お腹の肉が気になるのです。毎日、10,000歩歩けば、変わるでしょうか。だいたい、僕の家からだと、北上市周辺と言っても、青柳町周辺を歩いたり、北上駅まで行ったり、パル方面に歩いたり、ゲオ方面まで歩いて、散歩すれば、目標歩数にはいけると思うんですが、なかなかです。今日も7500歩で終わりました。1時間は、歩き続ければいいのかな。ところで、僕は歩き方が下手な気がするのです。変に左腕に力が入ってしまったり、リラックスして歩けていない気がする。靴もすぐ歪んでしまいます。この姿勢というか、歩き方というかにすごく悩んでおります。レクチャーしてくれる人を求めているのです。

終わりに。

後、3日後に誕生日を迎え、30歳になります。とても節目として、気持ち良い数字なので、大変ワクワクしております。書類とか書く時に、29歳と書くことが、もうすぐ終わります。なんだか切ないです。しかし、新しく30歳と書くのがワクワクしております!!立春を迎え、春の初めらしいですね。そう言われてみれば、少しずつ寒さが和らいでいる気がします。どんな2月になるでしょうか。みなさまに、幸あれ!!では、また。

会いたい人に会いに行こう!

こんばんは。中野寛人です。節分ということで、学童保育所では、豆をまいたり、恵方巻を食べたり。とても風情があって、このような季節季節のイベントを堪能できるのが、学童保育所の良いところだなと思いました。話は変わり、今日の午前中は、高校の同級生と再会し、お茶をしました。自分から誘い、会って話したいと思い、声をかけました。そしたらOkしてくれて、一時間ほど合わなかった数年間の話をすることが出来ました。とても良い時間でした。では、ブログ更新です!!

いたい人に会いに行こう!

家にいがちな数年間。人と何を話したらいいか迷った数年間。そんな時期を超え、たどり着いたシンプルな言葉は、会いたい人には会おう。会っても、上手く話せないんじゃないか。こんな自分を見せても、相手にがっかりされるんじゃないか。心が通わない寂しさを味わうんじゃないか、とか、色んな後ろ向きな気持ちも持ったことはあるけれど、それを乗り越えたい。会いたい人に会い、最新のその人に会い、話をしたい。今、何をしているのか、会わない間、どんな暮らしをしていたのか聞きたい。そんな素直な気持ちを想い出せそうな予感です。過去のこと、近況、未来の話をしたい。そんな事を思ったのです。

終わりに。

というわけで、今の私は、絶賛、再会を望んでおります。と書きましたが、新しい出会いも大歓迎です。再会も、新しい出会いも、どんと来いと思っております。北上市でゆっくり暮らしていますので、気軽に声をかけてください。また、これからの日々は、誰に会いたいのか、誰と時間を共有したいのか、考えて暮らしていこうと思います。タイミングが合い、カフェでお茶でもできたらいいですね。そんな一日一日の小さな巡り合いが、ささやかな幸せを運んでくるように、ゆっくりと暮らして行きたいと思います。では、また。

真似されて嬉しくない親は、いない。

こんばんは。中野寛人です。今日は朝五時起床。学童保育所で働き、夕食を食べて、映画「バケモノの子」を鑑賞。いやー良い映画でした。劇中で、何度もウルっときて、胸に刺さった言葉もたくさんありました。そんな興奮をブログに書けたらと思います。

真似されて嬉しくない親は、いない。

こんな言葉が胸に刺さりました。劇中で弟子が師匠の行動になりきればいいんだと答えを出した時に、出てきた言葉です。親と子でもそうなんだと思います。真似されたら嬉しいです。血がつながっていない大人と子供の関係でも、同じことが言えると思います。教えを乞う、教えるの関係でもそれは言えます。誰かの真似が自然としたいと思える時、自分が成長するスピードが上がる時のようにも思えます。相手を尊敬するということ。相手の素晴らしいと思うところを真似るということ。学童保育所で、例えば、子ども達が私のやる事を真似たら、きっと嬉しいに決まっています。そんな感覚が映画を通して、クリアに理解できました。

図書館に行くこと、整理整頓すること。

かくいう私は、実家に住み始めて1年以上が経ち、父親のライフスタイルを真似し始めました。父が図書館によく行き、本を借りまくっているので、僕も借りまくるようになりました。また、整理整頓を常にしている人なので、私も乱雑だった部屋をついに整理整頓し始めました。自分を真似する人が現れるのは、まだ先でしょう。まずは、今は、周りの良いなと思えることをやっている人の真似をして、自分を上げていきます。

終わりに。

ところで、寝違えたのか首、背中あたりが痛い。こんなことは、久々の体験でびっくりしている。やはり、一日一日と何か変わっていくのが人生なのだな。この寝違えは、私に何を語りかけているのだろうか。心も変化も、身体の変化とも、向き合って暮らしていきたい。では、また!!

旅をしようよ。

こんばんは。中野寛人です。今日は、大学の友人タケシと北上市から滝沢の岩手県立大学や盛岡の光原社に行く旅をしました。車で移動しました。片道65キロほどでしょうか。朝10時に出発し、夕方17時ぐらいほどに帰宅しました。今、かなり程よい疲れで眠たくなっております。今日の振り返りも込めて、ブログ更新です。ちなみに本日の写真は、光原社でのショットになっております。ご覧あれ。

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車を長時間運転して。

最近の僕の旅は、随分と他人任せになっていた旅だったと反省させられました。なんでかというと、今日は、往復120キロほどの道のりを全て自分の運転で移動したからです。慣れない道を長時間移動するということ。事故を起こさないように、状況を判断して、車を運転するということ。道路標識を見て、即座に判断して進むこと。全てがハードで、どっと疲れました。隣に道に詳しいタケシを乗せていたので、なんとか大きなハプニングがなく旅を終えることが出来ました。

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最近読んだ本に「よく旅をする人は、認知症になりにくい」と書いておりました。これは、僕もその通りだなと思い、今回の旅を通して、車を運転しまくって、判断力、集中力、体力などを刺激させられたし、それ以上に楽しかったし、同じ街に住んだことがある者同士が再会して、その街を歩くことによって色んなことを想い出したり、懐かしくなったりできるし、誰かとする旅には素晴らしい効用があると確信できましたよ。なので、みなさま旅をしましょう。旅をしようよ。

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材木町の光原社。

友人のけむさんに教えてもらった光原社。大学時代、材木町の近くに住んでいたのに一回も入らなかった店。そこに連れてってもらって、一目見て気に入りました。しかし、前回はお客さんが満席で入れなかったのです。今回、どこかでお茶するかとなって、なんとなく光原社のことを思い出しました。そして、行こうと決めて、タケシを連れて行ったら気に入ってくれたみたいだ。コーヒーも美味いし、店の方も素敵だったし、最高だったな。ぜひ、みなさま盛岡に行ったら行ってみてください。

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 終わりに。

電車や新幹線でする旅行とは違う車旅。自分で運転するということは、かなり、自分に負荷がかかってくる。その負荷が、今日は心地よかった。楽しい旅をこれからもしたいものだ。それでは、また。シーユーアゲイン!

 

 

教え方

こんばんは。中野寛人です。1月も終わりますね。では、ブログ更新です。

コマとあやとり

学童保育所では、子ども達が色んな遊びをしている。トランプや、リカちゃん人形や、フラフープや、けん玉や、オセロ、将棋、パズル、ブロックなど多種多様だ。その中で、私はコマとあやとりが上手くできない。しかし、最近、コマを教えてもらい少し出来るようになった。あやとりは、独学もしていないし、教えてもらっても上手く理解できなかったのでまだ出来ない。この二つの違いから、何か気づくことがあったので整理します。

教え方、教えてもらい方

コマを小学四年生の男の子に丁寧に教えてもらった。とてもわかりやすくて、優しく教えてもらったので、一回だけマグレで回すことができた。逆に、あやとりは、子ども達の前で「オレは出来ないんだ」と言ったら「大人のくせにできないの~?」とからかわれて終わった。ここで、気づいたのは、新しい物事に出会う時、ましてや人の助けがないと出来ないことをやる時、誰から教わるかで雲泥の差になるなと思った。逆に上手に相手が教えたくなっちゃうのような、教わり方もあるのではないか。教える側も、教わる側も、良い気持ちになれる方法があるんじゃないかと思った。もちろんその素晴らしい状態はまだ私には、わからない。

今思えば

今思えば、一番、長い時間をかけてやっているギターを弾くこと。これも中学三年生の時、友人から弾き方を教えてもらったことがきっかけだった。今でも教えてもらったことは有難かったと思っている。そして、大人になってから、逆に何人かにギターの弾き方を教えることもあった。すごく喜んでくれた方もいる。上手く上達させられなかった人もいる。でも、今思えば、教えた瞬間には結構充実感があったなぁと思う。

終わりに

教える、教わるというのは、コミュニケーションだ。見ているだけじゃよくわからないことを、紐解いてくだいて伝え合うこと。自分のできないことに、チャンスが転がっているように思う。出来ないことが出来るようになれば、絶対うれしい。おれがあやとりできるようになったら、どんな気分だろうか。人と関わる中で、気づくことを通して、成長していきたい。みなさま、得意なことを増やしていきましょう!!おわり!!

 

一人で食べるご飯は味気ない。

こんばんは。中野寛人です。両親が関東に行ったため、約二日間、実家で一人で過ごしていました。今、父親が帰ってきて、僕の一人暮らしは終わりました。いろいろ考えさせられたのでブログ更新です。

一人で食べるご飯は味気ない。

これは、言葉にするとそのままですが、もう少し踏み込みます。普段も家族と暮らしている中で、一人外食に行く時はたまにあります。その時は普通に食べているのに、今回は何なのでしょう。もちろんこの二日間で行った喫茶店も、牛丼屋も、ラーメン屋もとても美味しかった。良い時間だった。しかし、父親が帰ってきて数日ぶりに、家で二人でコンビニのおにぎりを食べた瞬間、なんだか胸に来るものがあり、安心感があり、そのおにぎりがとてつもなく美味しく感じたのだ。これはつまり、一人で食べるより二人で食べる方が美味しいんじゃないかと、味気あるんじゃないかと思った。ゆとりや味わいに風情がないということが「味気ない」らしい。おもしろみや魅力がなくつまらないことが「味気ない」らしい。一人で食べるのは味気ないみたいだ。

一人旅を想い出した。

寂しさを考える時、僕は昔した一人旅を思い浮かべる。続けられる限りやろうとして挑んだ一人旅だったが、わずか一ヶ月で辞めてしまった。その時の最大の要因が寂しかったからだった。一人で見る風景も、一人で行く観光地も、一人で食べるご飯も味気なく、隣に誰かいてくれたらなぁと凄く思ったのを今でも鮮明に覚えている。一人の時間が長いほど、電話で誰かと話している時が救いだった。旅先で友人と過ごす時間が救いだった。知らない土地で一人で行動する楽しさを見つけれない自分がいた。楽しさを求めてした旅で寂しさを痛感したのを僕は忘れないだろう。

終わりに。

そんなわけで、今は僕は家族と暮らしながら安心感に包まれながら暮らしている。この生活が続き、心を穏やかにできるようになった。一人暮らしも経験したが、今は複数人での暮らしを選んでいる自分がいる。誰かと過ごした時間が、人生のかけがえのない記憶になる。一人でできることも増えるけど、増えるからこそ、誰かと一緒に過ごす時の味わいを大切にしたい。風情を感じたい。仮説だが、日本中どこの街にも興味が湧けば、どこへ行ってもやっていけるのではないか。現に、今までの人生の滞在期間が長い東京近辺は、一人でフラッと遊びに行っても、へっちゃらだ。そんな感じで、興味や想い出を増やしていけば、いつか行けないところは無くなるのだろうか。自分の行動を拡張していくこと。そして、そこで過ごす誰かとの時間を大切にすること。そうすれば、ステップアップできる気がする。今日は、こんなところにしましょう。では、また。

病むというのは、心が嫌な気持ちで満たされる状態です。

こんばんは。中野寛人です。一日一万歩歩く人にメタボの人はいないという言葉を目にしました。なので、歩こうと思います。今日は休みで、ほぼフリーに時間を使って、いつもと違うことをしたら、悩んでいたことも忘れました。何かにずっと悩んでいる方は、いつもと違うことをしましょう。きっと忘れれますよ。では、ブログ更新です。

病むというのは、心が嫌な気持ちで満たされる状態です。

上の言葉は、ネット上で出会った言葉です。そしたら、長年のムヤムヤしていた事を言い表してくれたみたいでスッキリしたのです。遡れば、統合失調症になった五年ほど前から、前向きに生きていこうという気持ちが少なくなり、心の中が嫌な気持ちで満たされていました。いや、もっと前からかもしれません。例えば、仕事をしたくないというのは、仕事が嫌だなという気持ちです。人に会いたくない、人と話したくないというのも、その前兆だったのかもしれません。小さな嫌な気持ちが積み重なり、前向きな気持ちよりも比重が増えていけばいくほど、病むという状態に近づいていたのだと思います。

何もしたくない、働きたくない、人と関わりたくない。

元気がない状態、自信がない状態、嫌な気持ちで溢れる状態を経験すると、色々なことに消極的になるような気がします。誰かに会っても酷いことを言われるだろうな~とか、怒られるだろうな~とか、悪い方向に考え出します。そうすると、何をするのも億劫になり、どこにも行かない方が傷つかなくて済む。自分を守れる。安心できる。そんな感じで、ひきこもりがちになる。

どうすればいいのか。

そんな時、少しでも自分の気持ちを和らげてくれたり、前に進めてくれたのが、同じような境遇にいる人と関わることでした。たまたま友人が同じ病気を抱えていたのですが、その友人と関わりを持つことで、なんとなく共感意識が生まれ、励まされたものです。また、花巻病院の入院と、東京の東邦大学病院のデイケア「イルボスコ」にも通いました。そしたら、同年代の仲間に会えて、似たような境遇を話したりすることで、気持ちが楽になっていきました。

終わりに。

最初にも言いましたが「病むというのは、心が嫌な気持ちで満たされる状態」です。現在、明るい気持ちを思い出しつつありますが、振り返ると嫌な気持ちの方が多かった時もあったなぁと、辛かったなぁと思います。嫌な時は、周りの世界が輝きすぎていて、そんな場所に行けないと、自分はダメなんだと自分に似合う暗い場所にいようと思います。それはそれでしょうがない気もするんですが、世界はとても鮮やかです。僕は、もうちょい冒険したいなと思い直したのです。今、暗闇の中を歩いている人は、自分はダメで、どうしようもないとか思っちゃいますよね。僕もそう思いました。しかし、そのままで居続けるのか、変化していくのかは、その人しだいなのかなぁと思います。病みながらもがいている人に何て言えばいいかは、わかりませんが、僕はまず、良い人生を送ろう、幸せになろう、周りを幸せにしようと思い直しました。そんな自分の姿を見せて、言葉で伝わらなくても、見せる姿で、何か伝えていこうと思います!!読んでくれてありがとうございました!!