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中野通信

ささいなことに幸せを。

「ひーちゃん」と呼ばれて。

こんばんは。朝、7年間使っているデスクトップパソコンが壊れました。パソコンも無くなるとは断捨離に磨きがかかってきたなと思いましたが、今、再起動するとウイーン、ウイーンと治りそうな、やっぱり無理そうな謎の動きをしています。なので、そっとしておきましょう。写真は、実家に新しく入手された自転車的なものです。甥っ子が来たら乗るのでしょうか。では、ブログ更新です。

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「ひーちゃん」と呼ばれて。

学童保育所で、一部の女の子たちに「ひーちゃん」と呼ばれている。数ヶ月前から呼ばれていたのだけれど、やっと馴染んで来たように思う。私が私自身に「私は、ひーちゃんだ。」と自信持って胸を張れるようになってきた。それにしても、女性という生き物は可愛らしい名前をつける生き物だなぁと思う。男では、ひーちゃんとはつけないだろう。(現に、男どもは、私のことはひーちゃんとは呼ばない。)そんなわけで、「ひーちゃん」として「ひーちゃん」らしく暮らしていきたいと思う。

 

終わりに。

学童保育所では「先生」「ひろと先生」「ひろと」「ひーちゃん」「ひろじい」「お前」とか子供の数だけ色んな呼ばれ方をする。その一つ一つにより、気持ち良さが違う。でも、嬉しい呼び方をするのが良いに決まっている。私は相手の名前を覚えるのが苦手だ。全然覚えられない。でも、相手が私の名前を覚えてくれているのに、私が相手の名前を覚えないのは、あまりにも悪くないかと思った。全員覚えられなくてもいい。自分の手の届く範囲で、覚えていきたい。覚えたいと言いながら、覚えないのは、ヤバイので、ゆるい感じで、力まず、覚えていきたい。ひーちゃん。君はやればできる子だ。がんばれ。

 

 

では、また。

読んでくれてありがとうございました。

 

大切なものは何?

こんにちは。中野寛人です。ずっと迷っていた漫画のONE PIECEを70冊ほど、リサイクルショップに売りに行った。夢中で読んだ漫画だったけど、ここ数年全く読まないで本棚にあるだけだったから、本当に必要なのかなと思っていたんだ。売ってスッキリした。今までありがとう。感動をありがとう。では、ブログ更新です。

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大切なものは何?

片付けについて彼女と話していた。残すもの、捨てるものの境は何なんだろう。その中で「中野さんにとって1番大切なものは何?」と聞かれた。良い質問だなと思った。僕は何を大切にしたいんだろうか。

 

歌かな。

少し考えたけど、歌だと思った。形のないもののようにも思う。だけど、メロディーと言葉で構成されたそれは、僕にとってすごい価値のあるものなんだよな。話は続く。「ギターは?」確かにギターがないと僕は歌を作れない。しかし、音楽仲間と話したりすると、僕よりギターに凝っている人はたくさんいる。ギターのメーカーとかに詳しい人もいる。でも、僕は何となく、今、ギターを4本所有していて、このギターじゃなきゃダメなんだ、みたいな強い意志は薄いのかもしれない。そんな話をしていた。話は戻るが「歌」を大事に思っている。歌詞とメロディーによって奏でられるそれが、好きだ。今まで250曲ほど曲を作った。その中で、あの歌を作ったから、人生が変化した、みたいな歌が存在する。だから、その歌をこれからも歌い続けるだろうし、また新たな自分を表現するために、歌を作るのだと思う。もちろん、影響を受けたアーティストの歌がある。その歌を聴いたからこそ、生まれた歌もたくさんある。そんな折り重なった出会いによって、歌をどんどん好きになっていった。

 

終わりに。

片付けの本に「残すもの」と「捨てるもの」を選んで行こうと書いてあった。そうすると、大切なものがさらに大切になる、と。僕は何を大切にしたいんだろう。手に入れては、手放して、また手に入れて。人生を前進させるために、大切なものを最大限に愛着を持って、暮らしていきたい。

 

では、また。

読んでくれてありがとうございました。

学童保育所でギターを弾く意義がわかってきた。

こんばんは。今日は花巻病院に行き、カウンセリング、診察を受ける。その後、北上に戻ってきてラーメンを食べる。そして、仕事へ行った。1週間が終わった。ホッとしている。では、ブログ更新です。

 

学童保育所でギターを弾く意義がわかってきた。

学童保育所にギターを置くようにした。それによって、持ち運ぶ必要がなくなったので、ギターを弾く行為への重さみたいなのが軽減された。身軽になった。今週は3回ほど弾いただろうか。初めの頃は、緊張したり、子供たちの予測不能な動きにてんやわんやで応対に困っていたけど、最近慣れてきたように思う。だからこそ、ギターを弾く価値があるような、そんな確信度が上がり、前より積極的に子供たちの前で弾きたいと思えるようになった。

 

ファンとアンチ。

ギターはインパクトがでかいからだろうか。それよりも僕の人間性の問題だろうか。ギターを演奏すると、喜んでくれる子、じっと聞いてくれる子、演奏を止めようとする子、茶化す子など色んな子が現れる。もちろん私としては、素直に聞いてくれる子に向けて歌を届けれればいいんだろうけど、学童保育所という色んな性格の子が集まる場所ではそうはいかない。社会の縮図のようだ。ファンとアンチが現れる。でも、別に不思議じゃない気もする。僕も嫌いなものはあるし、音楽やギター、いやそもそも僕の行為を嫌う子もいて、当然なのかなと思う。じゃあそんな中で、どんな態度を取れば正解なのだろうか。それは、わからない。別に子供だからとかじゃない、大人を前にして歌う時も、基本は同じような気がする。ファンとアンチは絶対現れる。それでも、何故自分は歌い続けるのか。そこなんだと思う。

 

終わりに。

学童保育所でギターを弾く意義がわかってきた。この学童保育所という世界は一つの社会の縮図だ。ここで、子供たちの前で歌い続けることによって、絶対これからの音楽活動に生かされるように思う。それは確信に近い。昔、音楽の先生に指導してもらっていた時、「自分の歌を聴いてもらう場所や人をちゃんと選べ」と言われた。その時は路上ライブをよくやっていたんだけど、そこでやるより音楽を聴いてくれる人の前でやれという意味だったと思う。「ある人はお前を壊すためにお前に言葉を言ってくる時もある。だから、誰の前で歌うかちゃんと考えろ。」と言われた。現在、30歳。僕は、子供たちの前で歌う意義はあると思っています。そう思うこの頃です。

 

読んでくれてありがとうございました!!

新しい人と出会うと、新しい遊びが生まれる。

こんばんは。中野寛人です。普段、暮らしていると、スマホをいじったりしてしまう時が多い。そのせいか、仕事中にスマホ断ちをするのに、頭の切り替えがすぐにならなくて、モヤモヤすることに気づいた。30分ぐらいすると、仕事モードに切り替えれるんだけど、その間が、何とも言えない。スマホのいじりすぎなのかなぁ。どう使っていくかですね。では、そんなわけでブログ更新です。

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新しい人と出会うと、新しい遊びが生まれる。

ふと気づきました。春になり、新しい子ども達が学童保育所に入ってきました。そして、新しい出会いの中、新しい子たちと遊んでいます。そーすると、今まで思い浮かべもしなかったような新鮮な遊びをしたりするんです。会話一つにしたって、新しい子とは、新しい会話をします。それがとても新鮮です。そこで覚えた新しい遊びを、昔からいる子ども達とやったりすると、また面白いリアクションがもらえる。そんな感じで、新しい子は、新しい風を吹かせてくれるのです。

大人同士にも言えることだよな。

これって、つまり大人同士にも言えることだよなって思いました。新しい出会いがあれば、その人が知らなかったことを教えてくれたり、知らなかった遊びを教えてくれます。知らなかったアイデアを教えてくれます。今の生活に、停滞感を感じているのなら、新しい人に会いに行く価値があるということですね。そして、新しい人からもらったアイデアを、もともとの人間関係に応用することも出来ます。自分の生活を振り返ります。そうすると、想定内の遊びしかしてないんじゃないかと思ったのです。発想の転換で、面白く遊べるんだと思います。ちょっと気になるあの人へ、連絡を取る価値はあるのだろうなぁと思いました。

遊びたい人と遊べばいいんだよ。(終わりに)

学童保育所の数百人の子ども達を見ていると、なんだかんだ遊ぶ相手は、固定されている場合が多いように思う。でも、それを見ていて、いつもケンカになっちゃうようななんだか上手くいっていない関係もあるようにも思う。ケンカするほど仲が良いとかいうけど、実際はどうなんだろうか。本当に、気持ちよく遊ぶためには、何をするのがいいんだろう。後、ルールってすごく大事だね。ルールが面白いと遊びはいっそう面白くなる。でも、そのルールを破るやつも現れる。ルール設定を決める段階で、まとめる力も試される。遊びたいもの同士が、遊んで、良い気持ちになればそれでいいんだろう。そのために、私は、どんな態度をとればいいのだろうか。これは、大人同士の人付き合いにも言えて、遊んでいて楽しい人と遊べばいいんだけど、上手くいかない時もあるでしょ?利害関係とか、メンバー構成によっては、嫉妬とか複雑な感情が現れたりする。でも最高な遊びを追及するのは、かなり面白うなので、もうちょっと考えていきたい。

 

では、また。

読んでくれてありがとうございました!!

浄化されない歌がある。

こんばんは。中野寛人です。今日は一日ずっと自由を満喫していたら、ある考えに辿り着きました。それを忘れないように、ブログに書きたいと思います。始まり始まり。

 

浄化された歌と、まだ浄化されない歌がある。

あの何を言っているかというと、自分の作った歌のことです。今まで何曲も曲を作って、たくさん披露した歌もあれば、全然陽の目を浴びていない歌もあります。その中で、何かしら聴いてくれた方が、何かしらの反応をしてくれて、感想をくれたり、共感してもらえた歌って浄化されるんですよね。つまり満足するっていうか、スッキリするっていうか。その歌の役目が終わるとも言えます。それに比べ、作ったもののまだ評価をもらえていない歌っていうのは、まだ僕の気持ちまで浄化されていないのですよね。なんか心に突っかかるものがあるような、もどかしさがあることに気づきました。

かなり浄化されている歌。

例えば「チャレンジ」。この歌は、かなり浄化されました。たくさんの陽の目を浴びて、自分の気持ちを分かってもらえたなぁって、この歌を作ってよかったなぁって思えます。他にも「田舎者」。この歌を母親や、親類のおばさんに聞かせたら、泣いてくれたんですよね。その時点で、僕は満足しました。

まだ浄化されていない歌がある。(終わりに)

そんな中、浄化されない歌の存在に僕は気づいてしまった。それは2009年に作った「君を好き」という歌です。この歌がYouTubeにあるのですが、この歌を聴くたびに、なんだか心がざわつく。きっと誰かとこの気持ちを共有したいんだと思います。何なんだろう。この気持ちは。誰かわかってくれるかな。そんなことを思った休日の夜だった。

 

後で、誰かとこの気持ちを分かち合いたいです。

 

では、また。

暮らしが遊びになる。

コーヒーを飲みながら、朝のブログ更新です。

 

暮らしが遊びになる。

この言葉を思いついた時、とても良い気分になった。暮らしが遊びになる。そう思えば、当たり前の毎日が全て面白おかしく思える気がするんだ。ご飯を食べること、寝ること、散歩すること、本を読むこと、人と話すこと、掃除すること、働くこと、全ては遊びなのだ。そう思えれば、全てが笑えてくる気がする。

 

子供を観察して。

子供を見ていると、遊びを思いつくのが上手いなぁと思う。自分で楽しいと思えることをして、楽しそうにしている。この間も、春になって動き出してきた虫を土から掘り出して「キャーキャー」言いながら女の子たちが盛り上がっていた。後、何だろう。複数人で楽しめる遊びを生み出す力を持っている子は、さすがだなと思う。みんなで楽しめる遊びは誰もが得をする。

 

終わりに。

子供たちが何気ないことからおもしろい遊びを生み出すように、私も日常生活で遊びを作っていきたいと思った。極論、自分が住む家があって、そこから半径数キロぐらいの場所の中だけでの暮らしでも、面白さを感じれる感性を見つけられるはずだ。もちろん、それを超えた広範囲の遊びを旅というのかもしれない。それはちょっと置いといて、今、私の徒歩圏内にある空間で、遊べるものを探し、豊かに暮らして行く。そんなことが出来たら、そんな心を持てたら、飛躍的に前進できそうだ。身近なものをもっと面白く可笑しく見ていきたい。

 

では、また。

なんで私は子どもと関わっているんだろう。

こんばんは。中野寛人です。明日は仕事が休みということで、かなりリラックスモード。四月も気づけば、18日。本当にあっという間ですね。では、日ごろの整理も込めて、ブログ更新です。

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なんで私は子どもと関わっているのだろう。

甥っ子のおじさんになって5年ほど。学童保育所に勤めて一年半ほど。本当に生活の中で子ども達と触れ合う時間が増えた。これは時の流れがそうさせているのもあるし、自分の意志でその環境を選んだという側面もある。私は30歳になる。なかなか良い年齢を迎えた。周りは、結婚したり、赤ちゃんを産んだり、仕事をバリバリやったり、病気と共に生きたり、様々だ。色んな生き方があるし、色んな人生がある。その中で、なんで私は、北上市に住み、子ども達とたくさん関わる道を選んだのだろうか。

リハビリみたいな日々を重ねて。

統合失調症になってからも五年。今思えば、人とのコミュニケーションの正解がわからなくなった五年だった。人と話す度に、自分の足りない部分を見せられるような気がして、どんどん自信を無くしていく。このままではだめだ、今の自分のままでは通用しない、カッコ悪いなどと、自分を否定していたのだろう。でも、その否定の中にも、それでも自分が好きな道はどこなのか、こんな自分でもできることは何かと考えた上で辿り着いた職業が学童保育所で働くということだったのだ。学童保育所で関わる先生たちや、子ども達。その触れ合いを続けて、少しずつ、人間らしい感情を想い出してきたようにも思う。喜び、悲しみ、怒りなど、シンプルな感情表現が少しずつできるようになってきたように思う。それは、身体全身で気持ちを表現する子ども達の姿をまじまじと見れて、それに触発されたのも大きい。そんな人間本来の気持ちを思い出させてくれたのは、学度保育所で、それはまさしくリハビリみたいな日々だった。

終わりに。

最近、仕事終わりに、あおのうち(アトリエ)に行くのが日課になっている。そしてギターを弾き、歌を作ろうとする。もちろん完成できないこともあるが、悪くない時間だ。子ども達と関わって気づくことを記憶に残したい。それを歌にしたいと思っている。春だ。桜が咲き始めた。明日は休みなので、桜を見にでかけようと思う。では、みなさん、良い夜を。また。

八幡平に行ってきたよ!

昨日の話。日曜日の話。朝起きると父親が「八幡平に行くぞ!」と言った。というわけで、車で向かう。最近、運転が好きなので運転を楽しむ。岩手山を見てテンションが上がる。

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 八幡平ハイツという温泉に行った。温泉も気持ちいいし、バイキングでたくさん食べた。

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目的である八幡平アスピーテラインにも行った。 

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自分の考えでは絶対しないことをするのが家族と暮らす面白さかもしれませんね。八幡平に行くという発想はなかったなぁ。でも、行くと楽しい。

 

終わりに。

さて、現在、月曜日の夜です。今日は仕事でたくさん走って足が疲れている。プリンパフェも食べて幸せ。ゲオでジブリとなりの山田くんを借りて見て和む。物を捨てなくても、部屋の模様替えをすると気分が変わることも発見。そして眠くなったら寝ようと思う。では、おやすみなさい。

夜の街にお酒を飲みに行ったぞ~~!!

こんばんは。中野寛人です。いや~夜の街を散歩していても寒くない!寒くないということは何て素晴らしいのでしょうか。テンション上がっちゃいます。今日は、昼間も外食で、夜も外食という超超珍しい日になっております。なので、いつもの僕ではないのです。母親とどこへ食べに行く?ってなったんですが、風土という居酒屋に行くことになりました。それでは、ブログ更新です。

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 久しぶりの居酒屋にテンションが上がる。

 普段、居酒屋に行くことがない私は、店に入るやそうそうテンションが上がった。カウンターで酒を飲みながら話すおじいちゃん達、働いているスタッフさん、見慣れない光景を見た私は「うわ~夜の世界だ~、異空間だ~」と店の中を見渡していました。BGMも心地よい。あ~外で食べるって楽しいなぁ~。知らない人が酒を飲んでいるのを見るのってなんか面白いなぁ~となりました。

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 飯が上手い!!

よく「食べに行ったけど、写真を撮るの忘れちゃった!」みたいな投稿を見ると「まさか忘れるはずなんてありませんがな。僕は冷静ですからね。」と思ってましたが、本気で忘れることがあるということに気づきました。今日載せている写真は、ビールとお通しと海鮮サラダだけなんですが、この他に、ざるそばと、串カツを頼みました。いや~食べるのに夢中で写真を撮り忘れるって本当にあるんですね。ビールを飲んでいたからでしょうか。でも、とても美味しかったです。

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 終わりに。

ご飯を食べ終わった後は、母親と解散して、友人のR君を呼び出しました。そして、夜の青柳町を散歩しました。最初にも書いた通り、夜道が寒くない。これは凄いことですね。いや~歩きやすい。夜風に揺られながら、やはり土曜の夜ってこともあって、歩いている人も多くて、なんだか楽しい気分になっちゃいました。そんな夜でした。では、また。

 

明日も休み!!何も考えないで行こう!!!また!!

 

今の生活に満足してる?

こんにちは。中野寛人です。12時に寝て10時に起きる私は10時間睡眠なのですが大丈夫でしょうか。午後からは仕事です。その前にブログを書きたいと思います。はじまりはじまり。

 

「今の生活に満足してる?」

彼女となかなか会えない分、毎日40分ほどの電話をするのがお決まりになっております。そこで、日常で起こったことや、興味を持っている動画や漫画などを教えてもらったりしてます。私の知らない面白い人や作品を知っているのでいつも新しい世界を教えてもらっているような気がして、彼女と話すと世界が広がって行く気がして楽しいのです。そんなことを毎日繰り返しています。そんな時、ふと「今の生活に満足してる?」と質問されたのでした。私はハッとさせられました。少し考えました。

 

もっと冒険したい。

そして、彼女に言いました。私は北上市に暮らしている。仕事も一年以上続けて落ち着いている。実家で暮らし、両親が作る栄養満点の食事も食べさせてもらっている。安心した暮らしを送れている。満たされているのかもしれない。でも、なんだかもう1人の自分が、もっと冒険したいと言っているんだ、と。親元を離れ、自分の力で暮らして、自分のしたいことをもっと積極的にチャレンジしていきたい気持ちもある。彼女と一緒に暮らしたいという気持ちもある。そのためには、今の生活のままでは実現しない。収入を増やしたり、生きていく力をレベルアップさせなればいけない。「今の生活に満足してる?」と聞かれて満足したままだと未来は開かないのではないかと思ったのだった。

 

終わりに。

彼女と毎日電話する日々を送っている。その習慣により、自分が少しずつ変化しているような気持ちになれている。それは、新しい気持ちになれたり、ハッとさせられたり、新しい知識を身につけたり、そういうことが前進していると思えるからだ。私はこれからどんな未来を描きたいんだろう。そのために何を優先してやればいいのだろう。平和な気持ちを大事にして見極めていきたい。

 

読んでくれてありがとうございました。

沖縄に想いを寄せて。

こんばんは。中野寛人です。今日は雨の中、学童保育所で働いてきました。初絡みの子とのコミュニケーションは新鮮です。とてもフレッシュな気持ちになれますね。では、夜のまったりタイムにブログ更新です。

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沖縄に想いを寄せて。

タイトルの沖縄ということで、どういうことだと思った方もいるかもしれません。そうなのです。私に沖縄に縁が出来たのです。どこから話せばいいでしょうか。私が統合失調症の歌(チャレンジという歌)を歌った東京でのイベントで、その曲を気に入ってくれた堤麻美さんという沖縄在住の方とFacebookでつながったのをきっかけに、交流が始まりました。そして、僕の音楽アルバムを購入してもらったり、いろいろやりとりしました。そして「初めてわかる気持ち」を渡したのをきっかけにお礼にということで、写真の珈琲と貝殻とケースと手紙をプレゼントしてもらえたのです。それが今日、ポストに届いており喜びをもらったのでした。そして、今、美ら豆珈琲を飲みながらこのブログを書いています。とても風味が良く飲みやすかったです。

 

一度だけ行ったことのある沖縄。

大学の卒業旅行で男三人で行った沖縄。実は行ったことがあるのです。それは同級生のS君とA君が日程とか行動の仕方決めてのかな。私は、何も考えずに行ってただただ楽しかったのを覚えている。その旅で、民宿に泊まったり、海で泳いだり、街を歩いたり、戦争について考えたり、いろいろ濃縮されて、すごい記憶に残っている旅なのです。そして、何よりも沖縄が好きになった。もう一度いつか行きたい場所なんだよな。2月に行ったんだけど、暖かくてあの風をもう一度味わいたいと、今にも気持ちがはち切れそうだ。

 

終わりに。

麻美さんと交流するようになり、麻美さんの言葉で、自分の作ってきた音楽や、歩んできた人生が肯定されているような気持ちになれた。統合失調症のワードが出てくる歌を共感してくれたり、病気の辛い気持ちを共感してくれたり、この地球上に気持ちをわかってくれる人がいるということがどれだけ救いになっただろうか。「沖縄で歌いたい!」という気持ちがある。それをするしないも、自分の気持ち次第なのだろう。そんなことを改めて思いました。プレゼントありがとうございました!大事にします!!

 

それでは、また。

なんだか今日は良いブログが書ける気がする。

こんばんは。中野寛人です。頭が冴えています。なぜ冴えているのかというと、ご飯を食べるのを抑えているからです。人間は空腹状態の時に力を発揮できるとか聞いたことがありますが、今の私はそんな状態になっており、なんだか感覚が研ぎ澄まされているような気がするのです。だから良いブログが書けそうな気がするのです。ということで始まり始まり。

何を書こうかな。

でも、はっきり言って今伝えたいことが全然定まっておりません。これは感覚が研ぎ澄まされているのに大変もったいないことです。しかし、何かを残したい。今日の成果を残したい。そんな所存なわけです。私は、自分の気持ちを真空パックするために、歌を作ったり、ブログを書いております。閃きを大切にしておりまして、それを作品として残せるというのは、我ながらとても気に入っております。良い歌、良いブログとはなんでしょうか。このまま行くと、このブログは何も訴えることもなく、ただただ駄文を書いたダメなブログになってしまいそうです。私は何を伝えたいのでしょうか。

なんだか落ち着いてきた。

今、コーヒーを飲みながら書いているのですが、なんだか落ち着いてきてしまいました。研ぎ澄まされた感覚から、正常モードに戻りつつあります。少し残念な気もしますが、ホッとしている自分もいます。少し異常な状態だったのかもしれません。

終わりに。

ということで、終わりを迎えてしまいました。確かに、このブログを書き始めた時は、研ぎ澄まされていました。しかし、今はいつもの中野寛人に戻ってしまいました。なかなかあの状態を続けるのは、至難の業だったのかもしれません。でも、それはそれで良しとします。また、何かできそうだったらチャレンジしたいなと思います。

 

それでは、また。

 

自分の力じゃ笑わせられない人を友人の力を借りて笑わせられた時、快感。

久しぶりのブログ更新です。なんだか行き詰っていたので辞めていました。二連休を使い、あまり食事をしない生活を敢行。そしたらお腹がぐ~ぐ~と鳴って良い感じ。やはり空腹になる必要があるなと思わせられました。では、最近のことでも書きますか。始まり始まり。

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自分の力じゃ笑わせられない人を友人の力を借りて笑わせられた時、快感。

例えば、よく会う人がいます。かなり会います。でも、悪く言えば会い過ぎています。でも居心地がいいので会います。そんな人との会話はいつも落ち着いています。無難な会話をしています。悪く言えば新鮮さが足りないのかもしれません。そんな相手がいて、その人に別の友人を会わせます。そうすると化学反応が起こります。私の前では見せてくれなかったような表情で笑ってくれます。あ~この人、こんな話も好きだったんだ~となります。私の知らなかった相手の部分が現れます。それは連れてきた友人の力のおかげです。昔は、あまりにも相手が変わりすぎてなんだか切なかった時もありました。しかし、今日は、その化学反応を楽しめたのです。人は、向かい合う人によって違った表情が現れるのです。違ったその人の姿が現れるのです。それは、すごく面白いことです。それが喜びになることがあります。そうなんです。

 

終わりに。

あなたが見ている私は、ある一面だけかも知れません。私が見ているあなたは、たった何パーセントのあなたかもしれません。色んな顔を持つあなたを見たい。知りたい。そのために、単純なことから言うと、家で座って向かい合って話す時と、散歩しながら同じ歩幅で話す時とでは、少し相手が違って見えます。色んなあなたを知りたい。そのために、どんな方法があるだろう。ふとした変化で変わっていく相手とともに時間を過ごしていきたいものです。みなさんは、どう思いますか。

 

では、また。

甥っ子が寝ているとギターが弾けない。

こんばんは。中野寛人です。今日は休みでした。甥っ子とマクドナルドに行ったり、蕎麦屋に行ったり、ふれあい広場に行ったりしました。明日で甥っ子たちは、関東へ帰ります。そんな感じで明日からはまた新しい生活。そんな気持ちを文章に残せたらと思います。始まり始まり。

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甥っ子が寝ているとギターが弾けない。

このタイトル、ふと呟いたんですが、色々考えさせられますよね。確かに、昼寝している所を起こしたら悪いでしょう。なので、家がシーンとしている時はギターを弾くのを辞めました。しかし、じゃあ逆に、弾いて大丈夫な時に、私はギターを弾いていたのか?って聞かれるとそんなこともない。甥っ子が帰省していなかった時、思う存分ギターを弾いていたのかって聞かれたら、休み休みやっていたし、もっとやれた気もするんですよね。つまり、寝ているからギターを弾かないって言葉が出てくる言い訳とも取れます。現に、普段も父と母が寝ている時はギターを弾かないようにしています。夜は弾かないようにしようとかしています。でも、じゃあ昼の大丈夫な時間にどれだけ弾いてるかということになるんです。環境とか状況とかを言い訳にして、やる事をしない口実にしていないかと思ったのでした。

 

終わりに。

実は、もう少ししたら、実家から少し離れたところにある空き家の利用を再開する。そこは、誰も使っていない家で、数年前ぐらいから暖かくなってきたら、そこにギターを持って行って作曲したりしている。その空き家で生まれた曲もあるわけで、私は、その良い歌が生まれるかもしれないというワクワク感を抱いている。まぁ、そこでも言えることは、ギターを弾けるという状況になっている時に、何にも言い訳をせず、作業に没頭できるかということだ。作業する時には、色んなことが起こる。朝の方がいいのか、昼の方がいいのか、夜の方がいいのか。一人の方が集中できるのか、複数人の方が集中できるのか。実は、どうすれば良い曲ができるのか、いまいちよくわかっていない。でも、たまに素直な気持ちを真空パックしたような作品を作る事ができる。その瞬間を味わいたいがために、いろいろ暮らしの中で試している。春になった。今日は、かなりポカポカだった。虫たちがたくさん公園で飛んでいた。生命が湧き出ている。私も元気にいこう!!では、また。

学童保育所にも春がやってきた。

こんばんは。中野寛人です。今日は暖かった。春服に衣替えした。新しい季節の始まりに気持ちが弾んでいる。では、そんな気持ちでブログ更新です。

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学童保育所にも春がやってきた。

4月に入り、2回出勤した。新しく入ってきた子どもたち、そして先生たちと対面した。一気にメンバーが変わり、新生活の始まりだ。自分のことで新しい何かが生まれない時でも、周りの状況が変わっていくことによって、自分も新たな自分を表現できそうな気がして嬉しい。新しいメンバーと過ごすこれからの日々を良いものにしたいものだ。

 

終わりに。

明日は休みだ。ゆっくり過ごそうと思う。最近Mr.Childrenの歌をよく聴いている。そうすると、前へ、未来へ塗り替えていくような、新しい世界へ突入していくような、そんなメッセージが多いことに改めて気づいた。そんな歌を聴いてると、自分の歌にはそういう未来志向のメッセージの歌が少ない気がしだした。現状を打破する斬新な閃きを。発想の転換を。そんな心も身体も伸び伸びして、広い世界へ突入していけるような歌を作りたい。そんな生き方をしたい。そんなことをMr.Childrenの歌を聴いて思ったのだった。音楽にしても、学童保育所にしても、そんな自分でいたい。春だ。新しいことを始めるのにもってこいの季節だ。春服に着替えて、リズミカルに歩いて行こう。

 

読んでくれてありがとうございました。