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中野通信

不器用な文章でもいいかなー?いいともー!!

私の入った音楽グループ。

音楽

想えば、中学三年生の頃からアコースティックギターを始め、私は今までで3つの音楽グループを渡り歩いた。今日はそこのところの話をしたいと思う。先に言うと、グループ名は「ノラ」「STORY WRITER」「こうえんず」だ。それぞれの想い出話をしたいと思う。

 

1.北上市で初めてのユニット「ノラ」

中学三年生の時、バドミントン部の友人と組んだのがノラだ。このノラの相方に私はギターを教えてもらった。ゆずが好きという共通の話題で盛り上がり、「連呼」という歌の弾き方を教えてもらった。初めて曲が弾けるようになった時のうれしさは忘れられない。ゆずの歌を一緒に弾いた。相方の家の屋上でギターを弾いた。楽しかった。「オリジナル曲を作ってみたら?」ときっかけをくれたのもこの人だ。しかし、そんな楽しい日々が続いていたある日、相方は転校することになった。悲しかった。あの時の切なさは忘れられない。そこで、転校する数日前に、友だち数人を家の近くの車があまり通らない道路に集めて、お別れライブを企画したんだよね。そして「ノラ」というグループで初ライブにして「お別れライブ」みたいなライブを行い、一生の思い出になった。そして、相方とは夏だっていうのに、別れの季節を経験した。

 

2.盛岡で4人組バンド「STORY WRITER」を主とした大学時代

月日は流れ、大学生になった。当初、「中野ヒロト」単独でサークルには入らず、盛岡駅地下で路上ライブをしていた。そんな中、大学のイベントにも出るようになって、特に「JAM!」のメンバーと仲良くさせてもらった。それで、JAM!!に行くようになり。一番最初の想い出は、私の持ち曲である「初めてわかる気持ち」をバンドで演奏した時だった。こんなにも音の厚みが出て、一体感を味わえるのかと楽しくてしかたなかった。感動した。岩手県立大学の音楽フェスや、大学祭、夢灯りなどでライブをして興奮した。学外では、チェンジ、ラスティングバル、中津川べり、岩手県公会堂などいろんなところでやって楽しかった。管楽器を合わせたり、エレキ、ベース、ドラムを合わせるって本当に楽しかった。STORWRITERで何度もやった「20歳」は歌ってて楽しかったなぁ。

 

3.地元の同級生と東京で「こうえんず」の活動

学生生活が終わった。私は、関東に引っ越した。その頃、連絡を取り合っていたのが、菅原さんだった。まさか、この時は、今の状態を予測しただろうか。東京に近づいたものの、やりきれない日々を送っていたころ、一人ではどうやって東京で音楽仲間を作っていけばいいんだと、途方に暮れていたころ、歩み寄るようになっていた。そして、「高円寺でライブしよう!」と言って、組んだのがこうえんずだ。ちなみに、高円寺と公園が好きなのがかけ合わさってこの名前になった。一人ではできないけど、2人でならやれる、みたいな気持ちだったんだろうな。高円寺の無力無善寺で初ライブをやったのは、最高だった。そして、綱島フライドポテトでの「泥試合」までたどり着いた。楽しかったなぁ。

 

4.これからどうする?

ここまで書いたが、どのグループも解散したわけではない。やる気さえあれば、できるのだ。タイミングさ。この3個の居場所が、私の音楽人生の主軸であり、そのものであるんだ。これから新しいグループを作る可能性だって、ゼロじゃない。そーだろ。音楽を通して出会った、向き合った仲間たち、グループを組んだってことを大切にしていきたい。

 

最後に一言。