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中野通信

不器用な文章でもいいかなー?いいともー!!

お金に振り回される日々

こんばんは。中野寛人です。
寅さんを見て、プロフェッショナルの井上武彦スペシャルを見て、機嫌がいいです。
最近思っていることを書きたいと思います。


1.行動をお金に変換することに違和感を感じた数年間
社会人になって、学生生活よりもお金を生々しく感じるようになって数年。私が感じていた違和感の正体はこれでした。行動をお金に変換すること。時給いくらとか、月給いくら、とかです。なんですっきりしないのかと思ったんですが「割に合わない」とか「損」とか「得」とかそんな感情に自分が納得していなかったんだと思います。子どもの頃は使ってなかった脳みその部分なんだなと思いました。価値判断の変化というか。


2.お金の尺度に振り回される数年間
それで「生活するためにはお金が必要なんだよ」と身に染みた日々を送っていましたが、どうすればこれ(お金に振り回される日々)を解決できるかと色んな手段を試しました。それは、例えば、社風が面白そうなところに行けば解決する!とか、とにかく給料が高ければ納得する!とか、友人と一緒のところで働けば解決する!とか、大企業なら納得する!とか、個人経営なら納得する!とか。オフィスがキレイな所で働けば解決する!とか、少人数の職場なら解決する!とか、同年代が多い所なら楽しめるから解決する!とか、出張が多いところの方が楽しそう!とか。でも、まとめるならば、働き方が腑に落ちなかったんだと思います。

 

3.さらには働かないという手段にでる
「お金を稼いでいないのはダメなのか?」という疑問が浮かんだ私は、自ら働かない自分を実践し始める。お金がないとなんでダメなのか?働かないのは悪なのか?と問い続けた。そうすると周りに「働け!」「少しでもいいから働け!」と言われた。働いていない自分はだめなのか?そんなことを想った。

 

4.今までの悩みの理由は依存にあった
そんなある日、雇われてお金を稼ぐというやり方以外でもお金が手に入る!と気づいた。いや、気づいていたけど、自信がなくて行動に移せていなかったことを行動に移してみた!それは、自分の行動に自分で値段をつける!というやり方だった。雇われて給料を提示されて働くのは、何度も経験したけど、自分に値段をつけるというのは、したことがなかった。今までは、悪い意味で依存していたのかもしれない。依存を越えた瞬間だった。腑に落ちた。

 

5.表現することが生きる術となる
自分の行動に自分で値段をつけるということは、自分が自分に納得しなければいけない。生きて生活していくこと全てに、自己責任が生じる。なんかそれは、清々しい。
まぁ、逆に言えば、なんで雇われていた時、自己責任とか納得感を感じなかったのか謎だ。まぁ、それが悪い意味で依存していたということなんだと思う。自分で稼ぐと決めた今は、例えそれが、低収入でも納得できる。(もちろんそれは、実家に暮らしているから言えるんだろう)


6.当面の目標は自力で人ひとり暮らせる生活費を稼ぐこと
生きていくためには、技術とか、人の役に立つ何か特技が必要な気がしている。相手を喜ばせたり、精神的満足を与えれたりする必殺技があれば良い気がしている。それは、私にとって、作詩作曲だったり、文章を書くことだったり、動画を作ることだったり、写真をとること、絵を書くこととか、もっと他に気付いてないだけで技を磨けるのかもしれない。自信を持って相手に届けられる方法を見つけていきたい。この必殺技は、コミュニケーションを円滑にするためで、なんで円滑にしたいかというと、楽しい空間とか、面白い空間とか、そんな時間を共有したいんだと思いました。


最後に
話がまとまらなくなってきました。現在深夜一時半。そんなわけで、日々、勉強!アタック!トライ!わくわく!おやすみなさい。