中野通信

ささいなことに幸せを。

「将来の夢」と「職業」で彷徨い続ける日々

こんばんは。プロフェッショナル、スガシカオさんの回を見て感動。
楽しかったなぁ。そこから連鎖反応が起こり、今日は自分の夢について話したいと思います。振り返ります。前も言ったけど、大事なのは焦らず、一歩ずつ狙いを定めて。今、自分に出来ることをやっていこうと言う事でした。


1.人生の岐路「大学選び」で「警察官を目指す」と決めて大学を決める
この話はほとんどもう語らなくなったので知る人はほとんどいないと思いますが。
岩手県立大学総合政策学部に入学したんですが、総合と名がつくだけあり、専門的に何かするというより、色々やって四年間で決めていくという感じの大学生活だったんです。高校生活の時に悩みに悩んで絞り出した「なりたい職業」が「警察官」でした。何でかって言うと、「正義」についてよく考えていたんですよね。正義に生きて、人々の生活を脅かす悪いことから、助けたい!と思っていました。それで、思いついた手段が警察官でした。


2.大学に入って数か月。歳は18歳。やりたいことをやろうと方向転換「歌唄い」を目指す。
大学に入って最初の夏休みに衝撃的なイベントに参加しました。その結果、決めたのが「やりたいことをやろう!」「夢に生きよう!」でした。それで思いついたのが作詩作曲がどこまで試せるか!シンガーソングライターでした。話を戻すと、警察官と決めたものの気持ちが前に進まず、停滞してこのままでいいのか!と思っていました。そんな時に「もっとワクワクすることをしよう!」みたいな価値観に触れ、自分がワクワクできること。歌を歌うことをしようと考えがたどり着きました。


3.しかし大学に入ったのだから、何か勉強した証を残そう。そういうことで始めた教員の履修コース。
大学在学中、勉強をまったくしないのは、あれだな。と思って、始めたのが教員の資格をとるコース。そうしたら、勉強していくうちに面白いな!と思った。教員の勉強は割と前向きに出来ていた気がします。


4.大学卒業間際で悶え苦しみ辿り着いた「社長」だったら「仕事を楽しめるんじゃないか!」という閃き。
企業とか会社とか「誰かの元で働く」ということに違和感を覚え始めた大学後半。辿り着いた答えが「トップ」の人の生き方に惹かれる。ということ。そんなわけで「会社を起業した人」に近づいてみたりした。そして、卒業論文「起業家のライフコースにおける友人関係の位置」を書いて大学卒業。

 

5.社会人になってからは「夢」という名前を忘れたふりをして「現実」を生きる
職業名が「夢」とリンクしているのか。職業はあくまで「夢」達成への「手段」なのか。「やりたいことをやっています」と素直に言えない数年間。「スーツ姿」の自分に「違和感」を覚えたり。「愛想笑いや慣れないゴマ擦り」に違和感を覚えたり。「いつのまにか惰性で生きた」「諦めた」「不完全燃焼」「さぼった」「逃げた」数年間。「夢とは何か?」「なりたい職業とは何か?」考えすぎで、行動が鈍った数年間。

 

6.最近、「売れないミュージシャン」と母に言われたり、「ヒロトが音楽家と名乗ってもオレは納得する」と友人に言われるこの頃
時は経ち、28才。2015年。未だに「何者にもなっていない」自分。「何者」とは何か。職業名では一生納得できないのかもしれないし、よく分からない。だけど、思うのは、自信を持って「これだ!」「今日のオレは生きた!」と想える日が続けば、そこに「道」は現れるんじゃないか。抽象的ですが「表現者」であり続けたいと思うのは、確かで。


7.やっぱり「夢」「狙い」を大切にしよう
「もういいや」とか「自分なんか駄目だ」とか自分のやるべき事がわかんない時とか思っちゃうけど、それはもったいないな。ちょっとした頭の切り替えで、自分にすべきオリジナルなことは、あるはずだから、それを見つけたいものだ。プロフェッショナルを見ると、「もっと頑張ろう!」って気持ちになるから、これを大切にしていきたいです。考え続けて、行動し続けた先に、未来が待っているのだろう。