読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

中野通信

不器用な文章でもいいかなー?いいともー!!

「大人になりたくなかった」と言わないで

最近思っていること

子どもを見ると微笑ましい。今を全力で楽しんでいるのが伝わってくるからだ。大人から見ると小さな小さな世界を大切にして、最大限に遊ぼうとしている。そんな所に羨ましさも覚えるんだ。そんな事を考えると、私は大人になりたくなかったんじゃないかとふと思う。大人になって感じる世界の広さについていけていないのが現状だ。今日はそこらへんを整理します。


1.中学卒業間際に感じたこと
私は中学時代の終わりに作った歌にこんな歌詞をいれた。「少しずつ大人になっている、いらない物ばかりが見えてきている、少しだけでもいいからみんなに出会えたあの時のような時間に戻して」という歌詞だった。高校受験が迫り、慣れ親しんだ中学生活が終わりに近づいたときの切なさがこのような歌詞になった。新しい生活への不安、今までとは環境が変わること、大人に近づくこと、それが時の無常を感じさせて、悲しかった。

 

2.大学卒業間際に感じたこと
よく学生生活をモラトリアム期間だと言ったりする。大学四年生の時、就職先もなんとか決めて、後は卒論を書いたら卒業だと言う数か月。私は、この大学生活が終わってしまうのが嫌になってしまった(当時は笑っていたけれど)。就職活動でも感じたスーツが身の丈にあっていないこと。大学生活以上にワクワクしたものをイメージできなかったこと。「このまま一生大学生ならいいのに」と思ったこともあった。社会人になるのが怖かった。

 

3.半人前
そして社会人になった私は本格的に働き始めた。マジメに働いていたのだろうか。上司と上手く行かないこともあったりしたけど「コンチクショー」と何年かは頑張った。自分で働いて稼いだお金でアパートの家賃から食費からまかなった。そう、最初の数年間は。しかし、大学生活以上の楽しさは、得られなかったのかな。働くって辛いんだな、と現実を知った。辛い方が感情の大半を占めてしまった。そして、働く意欲もだんだん低下して「自活してやるんだ!」という気持ちも薄れて、今はまた親元に戻って暮らしている。そう、まだまだ半人前だ。

 

4.まとめ
「大人になりたくなかった」というセリフは何故生まれるんだろう。それは、きっと今を心底楽しめていないからなのだろうか。年齢は時間と共に増えていくけれど、それに気持ちが追いつかない。私の場合は、21歳ぐらいで止まっているのだろうか。それなのに、身体は老いを感じたりもする。社会的責任とか、年相応とか、大人としてやるべき事とか、色んな言葉がある。もうすぐ29歳になり、30代も目前だ。数字は正直なものだ。「素敵な大人を目指そう!」とか言われたりするけど、素敵な大人とはどのような状態なのだろうか。まず自分自身の生き方に納得することから始めないといけない。「大人は楽しいな」そんなセリフを素直に言える日が来るまで、私は死なないでいたい。