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中野通信

ささいなことに幸せを。

歌を作るということ。

1.連鎖反応
先日、このブログで「東京生活に憧れて3回も住んだのに、何度も岩手に戻ってきて、まだ東京に憧れている話。」というブログを書いた。そしたらその数日後、「田舎者」という歌が生まれた。その「田舎者」という歌は、私が東京と岩手の両方に住んで感じたことが歌になっている。ブログを書いたことによって、歌が生まれるという体験は面白い体験だった。考えが整理されてまとまったから出来たんだと思う。

 

2.作った歌の現在
中学3年生から歌を作っているけど、いまだに歌い続けている歌もあれば、もう何年も歌っていない歌もある。保存方法の違いとかで、よく聞く歌もあれば、全然聞かなくなる歌もある。今の私の状態では歌えないなという歌もあれば、昔から全然変わってないな(だから今も歌える)という歌もある。自分の中で変わったところと変わらないところが、そうさせているんだなと思う。ある意味、答えが出ていないから歌い続けている歌も多い。解決していない。ほぼ解決した歌は、呪縛が解けて歌わなくなることもある。ここでいう解決というのは、何だろう。自分の中で止まっていた想い出が少し前に進んだとかそういうことなのかもしれない。

 

3.それでも作り続けるのは何故か
考えていることを、残すためにやっている自分もいる。忘れたくない気持ちをいつでも想い出せるように歌として残すようにしている自分もいる。あの歌を聞けば、高校三年生の卒業間際の頃を想い出すように、あの歌を聞けば、大学時代に居酒屋のバイト先で夜な夜な店じまいをしていた頃を思い出すように、歌を通して、自分の記憶と結び付けたい自分がいるんだと思う。忘れたくない気持ちを忘れないために歌を作るんだと思う。

 

4.まとめ
目に映ったモノ、耳で聞いたこと、肌で感じたこと、匂い、痛み。29年の人生の中で、色んな出来事に触れてきた。その積み重ねが現在の自分なんだろう。ここから先、どんな作品を作って行くかは、自分次第の一言なんだろう。笑わせるのも良し。泣かせるのも良し。驚かせるのも良し。心にドカンと響かせるも良し。私が、何をしたいか。ただそれだけだ。肩の力を抜いて、集中して、気楽にやって行こう。