中野通信

ささいなことに幸せを。

車とねこ

こんばんは。中野寛人です。ドジで壁に左手をぶつけて、左手の皮を擦りむいてしまった。そんな日もあるとは思いますが、気を取り直してスカッとするブログを書けたらと思います。ブログ更新です。

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1.もしも僕が車を持ったらどうなるのだろうか

岩手県に住みながら、車を所持しないという希少な暮らしをして一年が経った。普通自動車免許も持っているし、過去に車を所持していたこともある。しかし、車は高価なものという気持ちが強いため、所有するレベルに達していない。親の車を借りて、たまに運転する程度の暮らしを送っている。まぁ、これで悪くないと言えば悪くないのだが、昨日、知人の車で北上から盛岡まで(約50キロの距離)行くという経験をして、やはり車があると機動力が増すなという感想を持った。マイカーを持っていたら、色々ライフスタイルが変化するなと思った。

 

2.ねこを飼い始めたらどうなるのだろうか

ねこが好きだ。あの近づいてきては離れたり、ゆっくり歩いたと思ったら、素早く動いたりする姿が好きだ。昔、家族で犬を飼っていたので、犬の生態は曲りなりにもわかっているので、次はねこと暮らしたいという気持ちが強い。しかし、一緒に暮らしている家族はねこが嫌いなため、今の暮らしでは飼い始めることはできない。しかも、僕はねこアレルギーらしく、以前ねこを飼っている知人の家に泊まったら、寝ていると呼吸が苦しくなり何度も起きてしまう(まともに寝れない)という状況になったため、このままではねこと暮らすことはできない体質のようだ。しかし、ねこが気になる。ねこと一緒に住んでいる人を見ると羨ましくなる。

 

3.車とねこ(まとめ)

突然だが、まとめに入る。車とねこ。つまり、私が今手に入れていないものへの欲求を書いてみた。もちろん、どちらも間接的に関わることは可能だ。親の車を借りる。ねこを飼っている家にお邪魔する。だが、なぜ僕は欲してしまうのだろう。所有欲なのだろうか。限りない欲望がそうさせるのだろうか。自分が欲しいものを何故欲しいのか分析すると何か閃きそうな気がする。これからも分析していこう。終わりです。あばよ。