読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

中野通信

ささいなことに幸せを。

先生になったからスゴイわけじゃない

今、なんだか素直になれる気がする。そんな気分になれた時はチャンスだ。僕はいつもそんな事を思う。良い歌も、良いブログも素直な状態の時に、良い作品ができるように思う。先ほどまで、モスバーガーにいた。寒くなってもアイスコーヒーを飲むことを辞めない僕は、冷たいと思いながら飲みながら、作詞していた。しかし、歌詞はまとまらなかった。でも、なんだかスッキリした。「モスバーガーに来ると幸せになれる」そう思ったのだ。では、ブログ更新です。

 

先生とは何だろう

サードアルバムのタイトルを気づけば考えている。それの第一候補が「ひろと先生」だ。でも、少し気がかりがある。まだ僕は自信を持って自分を「ひろと先生」と呼べない。でも、一年間も学童保育所で「先生」と呼ばれ、そろそろ自信を持てばいいのだけど、ぜんぜんだ。それは、まだまだ自分に至らない部分があるとわかっているからだ。しかも子どものタイプによっては「ひろと」と平気で呼び捨てされる。別にそれを嫌っているわけではないが、自分の子供時代を思い出そうとしても忘れている部分が多すぎて、ピントが合わない。少なくとも、先生を尊敬していたと思うのだが、今の自分に照らし合わせると「ひろと、バカ」と呼ばれることもあり、威厳もクソもない。しかし、立場的には先生という呼び名で生活している。そこに気持ちと実際のズレを感じるのだ。

 

先生になったからスゴイわけじゃない

子どもの頃の僕は、先生をスゴイと思っていた。勉強を教えられ、知識が豊富で、色々教えてもらったり、優しくしてもらったり、励まされたり。ちょっとした畏怖も感じていた。しかし、どうだろう。学童保育所で、数多くの子供たちと触れ合ってみると、裸の自分を突き付けられる。先生の肩書を手に入れたからって、すぐにスーパーマンになれるわけでもなく、ただの情けない男だった。自分の無力さを感じ、上手く行かないなぁと思ったり、なんでこんなこともできないのかとか、良い言葉も浮かばないし、返答も面白くないし、瞬発力が足りないし、良い所が霞んだ。しかし!!そんな言葉も並べる自分もいるが、一方で、自分を好意的に思ってくれている子供も何人かいるのも確かで、そんな子に救われている。欲が強いので、出来るだけたくさんの子と良い関係を築きたいとか思っちゃうけど、まだまだ僕にはレベルが高いハードルのようだ。そして、一緒に働く他の先生方の子供とのやりとりに、スゴイなぁ、あの返しは面白すぎると思ったり、自分の非力さを痛感し、でも、家に帰って休養を取った後は、今日こそは、相手を喜ばせようとか、笑わせようとか思ったりする。そんな日々を最近は送っている。

 

まとめ

急だが、まとめに入る。なんで今日こんなことを考えているかと言うと、最初に言った通り、アルバムのタイトルだ。一枚目のアルバムは「初めてわかる気持ち」だ。これは気に入っている。学生時代に作ったという初々しさがタイトルにも表れていて気に入っている。二枚目のアルバムは「半人前」だ。これも気に入っている。うだつが上がらない日々の苦しさが一言で表せて一人前を目指す過程を記録したアルバム名を作ることができた。そしてだ。だからこそ、三枚目のアルバムを作ることになって、ビシッとくるタイトルをつけたい。今の自分を表現する言葉として「ひろと先生」は当てはまっているが、本当にこれでいいのか。まだ早いのではないか。でも、今の自分の生活を象徴する言葉でもある。12月にレコーディングをする。それまでに決めたいと思う。それでは、また。あばよ。