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中野通信

不器用な文章でもいいかなー?いいともー!!

受け取る喜び、与える喜び。

価値観

こんばんは。中野寛人です。正月休み八連休が終わりかけています。いよいよ明日は、新年一発目の仕事です。久々すぎて、いろいろ忘れました。でも、なんとかなるでしょう。夜になると、ブログを書きたい欲が出てきます。これも読んでくれる人がいるから、続けられることです。では、始まり始まり。

受け取る喜び、与える喜び。

生活を一日一日していると、受け取ったり与えたりの繰り返しで暮らしが成り立っているのではないかと思います。例えば、正月に届く年賀状も送ってくれる人がいて、成立します。ここ何年か自分から送ることはないので、届いてからハガキに絵と文字を書き、後手で送り返すことが近年の決まりになっております。逆に、自分の意志であの人に、この人に送りたいと思えるようになれば、また世界の見え方も変わってきそうです。また話は変わりますが、誰かの家に訪れた時に「コーヒーでも飲む?」と聞かれたりします。それを断るか、飲みますというかで、道のりが変わってくるように思うのです。与える人には、与える喜びがあります。でも、与えたい人には、受け取ってくれる人がいないと、与えたい気持ちは届きません。受け取る人も必要なのです。話だって、話したい人がいて、聞き役がいないと成立しません。歌もそう。歌いたい人がいて、聴いてくれる人がいないと成立しません。そんな感じで、与えると受け取るで、人間関係は育まれるのかなと思います。と、ここまで書きましたが、こう思えるようになったのも、坂爪圭吾さんの「いばや通信」を読んでいたら、そう思えるようになったのです。

僕は与えることを恐れている

そこで、ひっかかることがあって、僕はもらうことに慣れすぎているなということです。これでは、循環しません。じゃあ、与えようと宣言はするのですが、何を与えれば人は喜ぶのか、自分があげたい物が、相手にとってそんなに要らないものなんじゃないかと思ってしまうのです。そして、あげても相手に、あんまり喜んでもらえなかったらどうしよう、とか、逆に要らないよって言われたら凹みます。本当に、何をあげればいいのか、迷ってしまうのです。

終わりに

でも、今年は、循環させたいなぁと思っています。僕のところで、滞ってほしくないのです。あげて、もらって、与えて、受け取って、売って、買って、いろいろ循環させたいのです。物にしろ、言葉にしろ、気分にしろ、歌にしろ、笑顔にしろ、何かしらの動きを活発にしていきたい。そのために、何ができるだろう。受け取った方も、与えた方も、両方ハッピーになれる、そんな循環を目指したいと思いました。よろしくお願いします。おわり。