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中野通信

不器用な文章でもいいかなー?いいともー!!

仕事の我慢を知っているからこそ、休みの喜びがある。

仕事観

こんばんは。中野寛人です。学童保育所での仕事を終え、家に帰宅。明日は休みの日です。やはり次の日が休みというのは精神的にも何か解放された気分になります。そんな仕事と休みの関係を今日は整理したいなぁと思いました。では、ブログ更新です。

 

仕事の我慢を知っているからこそ、休みの喜びがある。

たぶんどちらかだけでは、成立しないバランスがあるのだと思います。仕事と休みには。仕事ばかりでもダメで、休んでばかりでもダメ。程よい交差により、どちらも前向きに取り組めるようになるのだと思うこの頃です。仕事はそこまで嫌ではないはずだ、だけど行く前に少し緊張感が走ったり、モヤっとする時があります。行ってしまえば、後はやるだけなのですが、やる前のやっぱり休みたいなぁという気持ち。そして、労働時間は、何時間と設定されていて、それを実行するパワーが必要です。ちょっと調子が悪いと家に帰ることも出来ますが、仕事をする責任もあります。それで自分の心と身体と向き合う我慢の時間でもあるのです。そして、仕事をして気持ちよく終われる場合もあります。そして、次の日が休みだったりすると最高に喜びが得られるのです。仕事から解放される開放感、好きなことをしていいんだと思える全能感、無敵感、そんな気持ちを休みに入る瞬間に得ることが出来るのです。この我慢と喜びは、どっちかだけじゃダメなんだと思います。我慢だけし続けると、どこか不調が出てくるだろうし、喜びだけ続くと、それが当たり前になって逆にそれに感謝しなくなる。なので、両方味わうべきなのです。

何でもそうだ。

これは、何にでも言えます。空腹の時間(我慢)を経験するからこそ、食事がいっそう美味しくなる(喜び)。会いたい人に会えない時間(我慢)があるからこそ、会えた時に幸せが増す(喜び)。と、色々具体例を挙げたかったのですが、二個しか思い浮かびませんでした。

終わりに

どう仕事と向き合えば、良い人生を送れるのか。どんな休みの時間の過ごし方をすれば、良い人生を送れるのか。つまりは、そんなことを今日は言いたかったのではないか。それには、時に我慢が必要で、我慢の厳しさを知っているからこそ、喜びという快楽が手に入るのでないだろうか。仕事をしないで、無職でいた頃もあったけど、あの時に感じれなかっただろう生活のメリハリを体感できているのは事実だ。これから、さらにもっとメリハリを良いものにし、人生を好転させるには、何をしたらいいんだろうか。そんな事を考えている。では、また。読んでくれてありがとうございました。