中野通信

ささいなことに幸せを。

なんで学童保育所で働いているのだろう。

こんばんは。中野寛人です。少しずつ寒さが和らいできたような。外にいることを耐えれるようになってきました。学童保育所に勤めてどれくらい経つだろう。一年と4か月ほどだろうか。今日は、職場のT先生とお話することが出来て、色々自分の仕事観を考えさせられた。振り返りも兼ねて、整理したいと思います。では、ブログ更新です。

なんで学童保育所で働いているのだろう。

今までの人生で多く分けて働いた職種は、四つ。飲食店で作ったり、接客したり。介護施設で、介護したり。家電量販店でスーツ着て、販売・営業したり。そして、学童保育所で子ども達と関わることだ。世の中には、まだまだ色んな仕事がある。それなのに、なぜ僕はこの四つを選んだのか。そして、なぜそれを経て、今、学童保育所で働いているのか。考えれば考えるほど謎だ。

子どもと触れ合うということに価値を感じているのだろうか。

接客をして、あまりコミュニケーションをせずに人と関わることは、性に合わなかったのか。高齢者や体が不自由な方と触れ合うのも途中で投げ出してしまった。自分の買ってもらいたい商品を訴求することに限界を感じたのか。今まで色々悩みが絶えなかった。そんな時、子どもと関わるプライベートの時間に、少し希望を感じた。その体験を経てから、子どもと関わる仕事に興味を持ったのは確かだった。

なぜ1年4か月も続けられたのか。

仕事は楽しいことだけじゃない。時に、職場に行きたくない時もある。しかし、同じ場所に1年以上通えたことが自信になったのも事実だ。子ども達とコミュニケーションに悩むこともある。容赦ない言葉で傷つくこともある。でも、それでも何とかやってこれたのは、心が幸せになる細やかなコミュニケーションができる瞬間もあるからだ。職場に行かなければ、得られない感情がある。それがあったからこそ、ここまで続けられたのだろう。

終わりに。

なんで学童保育所で働いているのだろうか。きっかけは、ハローワークで求人があって、申し込んだら、採用してもらえたからだ。この1年4か月で、家に引きこもっているだけじゃ手に入れられなかった体験をたくさんした。心が動いた。無感動で、心があまり動かなかった自分が、少しずつ、若かりし頃のように、感情表現豊かな自分が戻りつつある予感がする。まるで、リハビリをしているような学童保育所ライフだった。統合失調症になって、5年。傷を負った心が少しずつ回復して、さらに病前よりも逞しい自分を描けるイメージも出来つつある。世界や、社会に立ち向かっていき、自分の道を切り開いていくには、今何をすべきだろう。子ども達との関わりがそれを後押ししてくれるのも確かだ。30歳。岩手県北上市在住で出来ることは何か。模索して行きたい。おわり。