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中野通信

不器用な文章でもいいかなー?いいともー!!

学童保育所でギターを弾く意義がわかってきた。

こんばんは。今日は花巻病院に行き、カウンセリング、診察を受ける。その後、北上に戻ってきてラーメンを食べる。そして、仕事へ行った。1週間が終わった。ホッとしている。では、ブログ更新です。

 

学童保育所でギターを弾く意義がわかってきた。

学童保育所にギターを置くようにした。それによって、持ち運ぶ必要がなくなったので、ギターを弾く行為への重さみたいなのが軽減された。身軽になった。今週は3回ほど弾いただろうか。初めの頃は、緊張したり、子供たちの予測不能な動きにてんやわんやで応対に困っていたけど、最近慣れてきたように思う。だからこそ、ギターを弾く価値があるような、そんな確信度が上がり、前より積極的に子供たちの前で弾きたいと思えるようになった。

 

ファンとアンチ。

ギターはインパクトがでかいからだろうか。それよりも僕の人間性の問題だろうか。ギターを演奏すると、喜んでくれる子、じっと聞いてくれる子、演奏を止めようとする子、茶化す子など色んな子が現れる。もちろん私としては、素直に聞いてくれる子に向けて歌を届けれればいいんだろうけど、学童保育所という色んな性格の子が集まる場所ではそうはいかない。社会の縮図のようだ。ファンとアンチが現れる。でも、別に不思議じゃない気もする。僕も嫌いなものはあるし、音楽やギター、いやそもそも僕の行為を嫌う子もいて、当然なのかなと思う。じゃあそんな中で、どんな態度を取れば正解なのだろうか。それは、わからない。別に子供だからとかじゃない、大人を前にして歌う時も、基本は同じような気がする。ファンとアンチは絶対現れる。それでも、何故自分は歌い続けるのか。そこなんだと思う。

 

終わりに。

学童保育所でギターを弾く意義がわかってきた。この学童保育所という世界は一つの社会の縮図だ。ここで、子供たちの前で歌い続けることによって、絶対これからの音楽活動に生かされるように思う。それは確信に近い。昔、音楽の先生に指導してもらっていた時、「自分の歌を聴いてもらう場所や人をちゃんと選べ」と言われた。その時は路上ライブをよくやっていたんだけど、そこでやるより音楽を聴いてくれる人の前でやれという意味だったと思う。「ある人はお前を壊すためにお前に言葉を言ってくる時もある。だから、誰の前で歌うかちゃんと考えろ。」と言われた。現在、30歳。僕は、子供たちの前で歌う意義はあると思っています。そう思うこの頃です。

 

読んでくれてありがとうございました!!