中野通信

ささいなことに幸せを。

叱るって何だろう?

こんばんは。中野寛人です。ブログ更新だよ!

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叱るって何だろう?

ちょっと前までの僕は、自分はダメ人間で、人を注意するとか、間違いを正すとか、そんなことはできないと思っていた。まず自分がしっかりしないと、相手を叱ることは出来ないと思っていた。しかし最近、少し自分に自信がついてきて、相手の間違いに気づけるようになってきた。それはすごい変化で、もっとこうしたら良くなるのにとか、こっちの方が正しいとか、自分で判断できるようになってきたということだ。もちろん自分が正しいと思うことが正解だとは限らないんだけれど、前までは、もう何が良いとか悪いとかも識別不能でフラフラしていたので、これも余裕が生まれてきた成果だと思う。そんな訳で、学童保育所でたまに子どもたちを叱る。悪口を言う奴には、悪口を言うな!と言う。そんな些細なことなんだけど、自分なりの正義感を持って人と接していきたい。そして、人に何かしら言うということは、それなりの責任が生まれる。例えば、厳しいことを相手に言ったとしたら、言った自分はそれに見合うだけの人間なのかということだ。悪口を言うなと人に言うなら、自分は誰かに悪口を言っていないか。そういうことだ。人間は連鎖していく生き物だ。誰かと誰かは繋がっていて、いつか自分に戻ってくる。誰かに言った言葉は、自分に戻ってくる。じゃあ自分はどんな言葉を選ぶだろう?自分の行動や行為に責任を持てるのか?そういうことだ。

 

終わりに。

良いことも起これば、悪いことも起こる。素敵な言葉を掛けられる時もあれば、ひどい言葉を掛けられる時もある。それはなぜなんだろうか?でも自分はどう生きたいのか?何をこの人生で成し遂げたいのか?負の連鎖は断ち切りたいものだ。そんな事を叱る行為を通して考えた。

 

読んでくれてありがとうございました。