中野日記

私は生きている

やった方が良いと思う事を、やらない。

日記の始まり、始まり~。

 

やった方が良いと思う事を、やらない。

人と話している時に「これをやってみたら?」みたいな事を言われる時がある。なのに、私は、それをやらないのだ。なんでだろう。やれないのか、やりたくないのか、やり方が分からないのか、様々な要因があるとして、結果的に、とにかくやらないのだ。これが良くない気がしてきた。確かにやった方が良いかもしれないし、やりたい気持ちも多少はある。だけど、やらずじまいで終わるのである。それに対して、誰からも頼まれていないのに、勝手にやっていることもあるわけで、まさしく私は何をやっているんだと思っている。「アイツは何がしたいんだ?」と思われている私のような人がいたら、どうか安心して欲しい。私も何がしたいか分かっていないのだ。今日も「これをやってみたら?」の逆のことをやったり、やらなかったりしながら生きているのだ。よろしく。

 

では、また。

ありがとうございました。

ちゃんとしている人の前で、ふざけたい。

日記の始まり、始まり~。

 

ちゃんとしている人の前で、ふざけたい。

ふざけている自分が好きな時がある。良い感じにふざけている時、なんだか楽しい。しかし、誰の前でもふざけられるのかと言うと、そうではない。私のふざけている所を見れる人は貴重だと思う。そもそも、そのふざけ方は、楽しいですか。笑ってくれるなら、悪くはないのかなぁと思う。そんなわけで、そんな私のおふざけに付き合ってくれる人は、ちゃんとしている部分を持った人に違いない。ちゃんとしているあなただからこそ、私のちょっとだけ変な行動にビックリするのだろう。これが、例えば、私以上に普段からふざけている人に見せたなら「あなたのおふざけなんて、全然大したことないわ」と思われて終わりだろう。私のおふざけぐらいでは、ピクリとも笑わないのかもしれない。だから、私のおふざけでも笑ってくれる、ちゃんとしたあなたの存在がありがたいのだ。

 

では、また。

ありがとうございました。

何もなくても楽しかった。

日記の始まり、始まり~。

 

何もなくても楽しかった。

思い出そう。たぶん、人生の始めの頃は、何もなくても楽しかったはずだ。そんなに手に入れたものがなくても、何も持っていなくても楽しかった。なのに、どうだろう。大人になって、いろいろ手に入れたり、失ったりをして、それなりに時間が経っている現在、人生の楽しさを忘れていないだろうか。私は少なくとも人生の新鮮さを忘れている。これが本当にもったいない。もっとルンルン気分で生きたいのだ。何をするのも面倒くさくなって、気が乗らなくて、みたいな自分は嫌じゃないか。思い出せよ。ルンルン気分で生きていたあの頃を。何者でもなかったあの頃、オレは、オレたちは、確かに楽しんでいたじゃないか。まだ諦めない。人生は、このまま終わらない。

 

では、また。

ありがとうございました!!!

自分で自分を決めたくない。

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自分で自分を決めたくない。

私の中で、決めたくないという気持ちがある。これは何かというと、自分で自分のことを決めると、そこで断定されちゃうと思ってしまうのだ。だから「自分は、こういう人なんですよ」と人に説明する時に何と言うか迷うのだ。自分で自分を断定したくないのだ。というか、もっと素晴らしい一面が私から出てくるんじゃないかとか、まだまだ可能性があるんじゃないかと、信じたいからこそ、決めたくないのだ。色んな人から「あなたは、こんな人だ」みたいな言葉をもらい、日々、気づかされている。それが良い部分の時もあるし、悪い部分の時もある。でも、全部含めて、じゃあどんな人間になって行きたいのかと言うことなのかもしれない。だから、まだまだ自分を決めないのだ。

 

では、また。

ありがとうございました。

働くスタイル。

日記の始まり、始まり〜!

 

働くスタイル。

私は、なぜか「週5日8時間労働」ができない。いや、やろうとすれば出来るのかもしれないけど、しんどい。このことが、私の人生を、こんな感じにしている。そんな私が辿り着いたのが「週4日4時間労働」というスタイルなんだけど、このスタイルのままだと、人生が現状維持のままな気もする。つまりは、もっと収入を上げたいという事なんだけど、長時間労働をしたくないのだ。でも、例えば、本当に好きな仕事だったら、長時間働けるのだろうか。そうゆう仕事に出会っていないのか。それとも、収入を上げなくても、満足できる生活になるような生き方を目指した方がいいのか。仕事とは、なんだろうか。何のために、人は仕事をしているのだろうか。でも、人と関わりたいという欲は、前よりは出てきたと思う。お金が全てと言いたくないが、生活にお金が関わってくる。お金のことをたくさん考えるようになった自分が、なんだかなぁと思う。というか、稼ぐことを楽しんでいる人に比べて、私は、稼ぐことを楽しんでいないような気もする。でも、何かはしたいのだ。何かをやりたいという気持ちだけは、小さな炎が燃えているようにあるのだ。

 

では、また。

ありがとうございました。

自分のまま生きたらどうなるのか試しているのかもしれない。

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自分のまま生きたらどうなるのか試しているのかもしれない。

ひらめいた。私は試しているのかもしれない。確かめようとしているのかもしれない。自分のまま生きた先に、何があるのかということを。どこかの組織に加わると言うのは、その組織の色に染まることだ。その組織に忠誠することになる。しかし、私は、あまり忠誠してこなかった。だから、へんてこりんな事態になった。そんな事を繰り返して、今に至る。じゃあ何にも忠誠していないのかと言えば「中野家」には、一応忠誠しているのかもしれない。今の私の色は「中野家」の色だ。このままで生きていけるのか。どこかの組織にハマることができるのか。それは分からない。だけど、もうどちらかと言うと、自分のまま生きたい気持ちが強くなりつつある。そしたら、どんな未来が待っているのか。心配でしかたがない。

 

では、また。

ありがとうございました。

なんとなく生きたい。

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なんとなく生きたい。

たぶん人生のどこかの途中まで、なんとなく生きていた。だけど、どこかで、なんとなく生きないピシっとする生き方をするようになった。だけど、それも継続はできず、現在、なんとなく生きたいと思っている。なんでだろう。私は時代で性格が変わってしまう所がある。そもそも、世の中のことを理解しようとするも、よくわからないのだ。複雑すぎる。そんなわけで、途中で、考えるのも疲れたなぁ、みたいな気分になる。そこで、現実逃避も兼ねて、ぼーっとする。のんびり暮らしたい。のんびり暮らしたい。そう言っているうちは、どこか、競争社会への参加の諦めがついていないのだろう。やはり競争した方がいいのだろうか。なんとなく生き続けたら、どうなるのだろうか。

 

では、また。

ありがとうございました。

何でもできる会社は、どこかにないのか。

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何でもできる会社は、どこかにないのか。

転職のたびに思う。わたしは、転職歴の多さで、履歴書に書ききれないのだ。でも、思う。何でもできる会社があったら、私は、転職せずに、部署移動とかで済んでいるんじゃないのか。その場合、一つの会社を勤め続けたことになっていたのではないか。どうなんだろうか。そんな何でもできる会社は存在しないのか。どこかにあるのか。転職のたびに、身近な人を説得するのが大変なのだ。一苦労なのだ。何でもできる会社で、部署移動で済んでいたら「あら、ひろとさん、一つの会社でコツコツとやっているのね、地道な人なのね、堅実な人なのね」みたいな印象になっていたのではないか。どうだろうか。

 

では、また。

ありがとうございました。

前向きの壁。

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前向きの壁。

物事をクリアしていくためには「前向き」が必要なんだと、若いころに思った。なので「前向き」になろうと努めて、実際、前向きになれた時期もあった。しかし、だんだん「前向き」だけでは乗り越えられない壁があるのではないかと思い始めた頃があった。そんな時に「後ろ向き」に出会った。というか「後ろ向き」になるぐらい物事が上手く行かないことが重なった。そして「後ろ向き」が身近に感じられるようになった。そんな訳で「前向き」と「後ろ向き」があることを知り、この先どうするかということだ。私は、歌で考える。歌によっては「後ろ向き」なことを描きつつ、なお「前向き」に進んで行こうとする歌がある。そのような「マイナス」から「プラス」へみたいな持って行き方が、なんだか心に残る。だから表現するにあたって「前向き」だけでも半分だし「後ろ向き」だけでも半分なんだと思う。ごちゃ混ぜにして、これから何かを生み出したい。

 

では、また。

ありがとうございました。

組織に忠実にできない。

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組織に忠実にできない。

ひらめいた。もしかしたら。もしかしたら。私は収入を得るために、会社という組織に入っていくことを何度もしてきた。しかし、その度に、上手く過ごせなくて苦悩してきた。そこで思ったのが、組織に忠実になれば良かったのではないか。組織に忠実に働くことができていたら続けられていたのかもしれない。しかし、私は、組織に合わせるのが、なぜか苦手だった。本当になんで苦手かわからない。どんどん意識が強くなっていく自分という意思が、自分のままでいたいと、自分でも手に負えないのだ。困っている。組織に馴染むことができていたら、人生は違う形だったのかもしれない。もっと自分が柔らかかった頃に戻りたいとも思ったりするのだ。

 

では、また。

ありがとうございました。

働いている方がマシだ!

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働いている方がマシだ!

何もしないのは、それはそれで、そんな時間が続くと、どんどん気分が下がってくる。何もしない苦痛にやられるのだ。そんな時に仕事をしてみると「仕事って楽しいかも!」みたいな晴れやかな気分になる。これぐらいの状態が大事なのだ。私の場合、働きすぎて疲労がたまってくると「もうダメだ、つらすぎる、やめたい」みたいな気分にすぐになってしまう。だから、理想としては「何もしないのも飽きたから、そろそろ仕事行きたくなってきたな」みたいな状態を維持することだ。そうすれば仕事を楽しんでいられる。「何もしないより、働いている方がマシだ」と思えている時は、仕事を続けられている。「もうダメだ、仕事を辞めた方がマシだ」と思ったら、辞めてしまうのだ。そうなんだ。

 

では、また。

ありがとうございました!!

なんで変わってしまうのだろう。

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なんで変わってしまうのだろう。

私も変わった。あなたも変わった。熱かった関係も、冷めてしまうことがある。ずっと同じ温度でいられれば、ずっと一緒にいられたのかもしれない。でも、次第にズレていく。あの時の、あの熱い気持ちに、あの瞬間に、応えられていたら、とか。自分の気持ちが熱くなるのが遅くて、熱くなった頃には、もう相手は冷めてしまっている時もある。冷めていく関係もあれば、今、熱くなっていく関係もある。人生とは、そういうものなのか。変わらない関係は、どこかにあるのだろうか。どこにもないのだろうか。

 

では、また。

ありがとうございました!!!

夢が言えない。

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夢が言えない。

わたくし事なのですが「歌いたい!」的なことは、冷静に言えるようになってきました。このことすらも、音楽活動を始めた当初は、反応が怖くて、言えなかったのではないでしょうか。反応が怖いというのは、反対されたり、相手にしてもらえない悲しみのことだと思います。さて、そのような現状で「歌いたい!」と発言するのは、乗り越えつつあるのですが、それはゴールではなくスタートだったのです。その先の「こんな世界を作りたい!」みたいな事を、私はまだまだ言えないのです。いや、ちょっとは言えるのですが、反対されたり、理解されないのを怖がっているのです。「歌う」という行動の先にある「さらに実は、やりたいこと」を言えないのです。言うことを恐れているのです。というか、言う前に行動しろ!みたいに思ったりもするのですが、それはさておきです。素直に、まっすぐに「夢」を言える人はスゴイです。はい。

 

では、また。

ありがとうございました。

いつの時代も、つらかったじゃないか。

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いつの時代も、つらかったじゃないか。

なんだか近年の私は、自分の周りから、つらいものを無くそうとしていたようだと、我に返った。だけど、よくよく振り返ってみると「小学校時代」も「中学校時代」も「高校時代」も「バドミントン時代」も「大学時代」も「介護士時代」も「営業マン時代」も「統合失調症時代」も「保育士時代」も、他の色々な時代も、全くつらいことがない状態なんてものはなかった。悩みは違えど、何かしらに苦しみながら、生きてきたのではないか。でも「つらいこと」がある一方で、どれくらい「楽しみ」があったかもポイントのように思う。「楽しみ」が何かしらあるなら、やっていける気がする。さて、じゃあ、この先も、つらいことが待っているとして、いかに「楽しみ」を見つけるかだ。そこが問われている。とは言ったものの、それでも、つらいことがない世界の存在を夢見ている!君もそう思うだろ?

 

では、また。

ありがとうございました。

何かしたいけど、何も思いつかない。

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何かしたいけど、何も思いつかない。

思ったぞ。やるべきことを見つけるのが上手い人がいるような気がする。それに対して、私は、あまりやるべきことが思いつかない。なので、何もしない生活を送ってしまう。もっと、こう、人生をかけてとか、がむしゃらにとかで、やるべきことを見つけて行くもんじゃないのか。なんで、こんなに思いつかないのだろう。やりたいことを次々に見つけて行く人がいるとして、そんな生き様に憧れている。私は、何がしたいんだろうか。本当に。

 

では、また。

ありがとうございました!!!